小降りの雨が止むころに

雨蛙/あまかわず

水無月

第1話 小降りの雨と不思議な少女

どれくらい歩いただろう。気が付けば知らない森の中を歩いていた。


木の間から覗く空はまだ昼間だというのに暗くなっていた。


見上げていると頬に冷たいものが落ちてきた。次第にその数も増えてくる。


木の葉は空からの雫を受け止めてはくれないみたいだ。


生憎、手持ちには何もない。仕方なく、そのまま道とはいいがたい木の間を進んでいく。


すると、道の先に古ぼけた神社らしきものが見えてきた。どこか見覚えがあり、懐かしい感じがするが、よく思い出せない。


まあいい、ここで雨宿りさせてもらおう。


賽銭箱の前に腰を落とす。その瞬間、今まで感じていなかった疲れが一気に押し寄せてきた。


空の様子から、しばらくは止みそうにない。


体から発せられた熱気を吹き飛ばす冷たい風と雨の音が心地よくてついうとうとしてしまい、瞼がそっと落ちてくる。


瞼の裏に今までにあった嫌なことが次々浮かび上がってくる。


無意識に脳が支配されていく中、自然とある言葉が浮かんできた。




みんないなくなればいいのに。







「よくこんな場所で物騒なことを願えるのお」


いきなり背後から声をかけられた。驚いて前に倒れこんでしまった。声の正体を確認するために恐る恐る振り返る。


そこには巫女服を着ている女の子がいた。


いきなり人が現れたことにさらに驚かされたが、さらに信じられない光景に驚きを塗り替えられた。


その女の子にはなんと、三角にとんがった狐のような耳と尻尾が生えていた。


夢でも見ているのだろうか?


「どうしたんじゃ?そんなところにいると風邪ひくぞ」


賽銭箱の前の階段に腰かけた女の子は理解が追い付かずに地面にへたり込んでいる私に隣に座るように促す。私の警戒心などつゆ知らず。


このまま雨に打たれ続けるわけにもいかず、仕方なく恐る恐る隣に座る。


見間違いかと思ったが、耳も尻尾も動いているし、毛も金色で艶があってふさふさだ。


「これっ!何しておるのじゃっ!」


無意識に手が尻尾のほうに向かっていた。女の子はしっぽを守るように抱きかかえた。


「ごめん、つい…」


「まったく…おぬしはどこから来たんじゃ?こんな所、子どもが一人で来るようなところではないぞ」


「あなたのほうが子どもじゃん」


「まあそうじゃな。見た目は幼子になってしまったが、わしはおぬしよりも何十倍も生きておるぞ。なんたってわしは神じゃからな」


「神…様…?」


ここまで来るともはや夢でしかない。狐の耳と尻尾が生えた巫女服姿の女の子が神様だって。


「とにかく、雨が止んだら早く家に帰るんじゃな」


「…帰りたくない」


口からこぼれた言葉を聞いた神を名乗る女の子は何を考えているのかしばらく黙り込んだ。


「そうか、だったらわしに仕えてみるのはどうじゃ」


「仕える…?」


「そうじゃ。巫女としてここで働くんじゃ。わしも丁度人手が欲しいと思ってたところじゃ。住む場所も食べるものもある。悪い条件ではないと思うぞ」


私が神様に仕える、か。悪い気もしないし、この生活がなくなるならやるのもいいかも。


「私で良ければ、よろしくお願いします」


「そう来なくてはな」


狐の女の子はにやりと笑った。


「でも、何をやればいいんですか?」


「心配せんでもよい。わしの手助けをすればいいだけじゃ。まあまずはその服を何とかしよう」


狐の女の子は私の服を指さしながら言った。


あまり意識はしていなかったけど自分の服は思ったよりびしょびしょになっていた。


「神に仕えるのならそのような恰好じゃ務まらん。わしが神に仕えるのにふさわしい服の着付けをしてやろう」


女の子は扉を開けると暗闇の奥へと消えていった。


扉の奥から吹き出てくる奇怪な空気に圧倒され固唾を飲み込む。


意を決して扉の奥へと足を踏み入れる。

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