17.不良青年は仮面をずらす【半年】


 人間の才能とは侮れないものだ。

「へー、そうなんだあー。妹ちゃんはお兄ちゃんのお仕事のお手伝いしてるの? 二人ともえらいねえー」

 見かけはどう考えても不審者が、子供に声をかけている構図。

 いかにも定職についていません! と言いたげな風貌の三白眼男シャー=ルギィズは、いかにも怪しすぎる人物だ。

 例のじっとりとした白目の多い三白眼。瞳は邪眼を思わせる、日に当たった時だけ見える深い青。髪の毛はクセが強く、くるくると巻いてしまい、それを長髪に伸ばしたまま頭の上で結い上げている。俺としては短髪にしろといいたいのだが、奴に言わせると短髪にすると癖がひどくてまとまりが悪いのだそうな。

 そんな、取り立てて男前というわけではない気がする、なかなかの凶相の持ち主ではある彼だが、同時になぜか他人の警戒を解いてしまう柔らかさを持ってもいるのだった。

「焚きつけ拾ってんの? え? お金になる? いやさあ、おにいちゃん、無一文だからさあ。仕事探してんのよ。オレでもつとまんないかなあって」

 そんなふうに声をかけて、すんなり日常会話に持っていく。話術というような立派なものではないが、やつにしかできない技だ。

(あの怪しさで普通に子供と話ができているのは、流石すぎる)

 俺は少し離れたところで、それを観察しながらしみじみとしていた。

 例のサリフ兄妹。

 万全の準備のうえ、日程を選び、俺とやつは彼らに接触を試みていた。

 とはいえ、俺はどれだけ普通の軽い服装を着ていても、いかつい流れの傭兵の風貌が染みついている。表立って接触していることを悟られたくないので、結局三白眼を交渉役とさせ、こうして少し離れたところで彼らを見守っているところだった。

 今は朝。眠たそうな三白眼をたたき起こして出てきたわけだが、それでも、俺が最初兄妹を尾行したときに比べて、太陽はすっかり上っている。

 二人はすでになじみの薪売りに品物を収めたあとらしく、他の雑用をする目的で荒地の方にきているようだった。薄荷などの植物を採取するのだろう。

 そこで、三白眼が彼らに話しかけていった。通りすがりという雑な設定だが、この男にだけは許される。

「ねえねえ、君たち、何してんの? こんなところで、採れる食べられる草とかある?」

(一体、あの少年少女には、あの男がどんな人間に見えているのだろうか)

 住所不定無職が板についている三白眼は、浮浪の生活を送っているにしては清潔ではあるが、先ほども言った通り定職についているはずもない姿。怪しいが、荒野で野宿でもしていそうな人物にはみえて、ここを通りすがる人間としてはさほど怪しくない設定に見える。

 まあ普通、そうした人間に声をかけられたところで警戒を解かないが、そこいくと三白眼はさすがに天性のものがあるといえよう。酔っ払いが絡むような話しかけ方ではあるが、徐々に相手との距離を詰めていき、謎の親近感を覚えさせ、警戒を解かせていっている。

 そこは、酒場でうまく相手に酒をたかって生きていけるだけの技量を持つ三白眼。ある意味職人技のようなものだ。

(この男、同年代の女性以外にはこの術が使えるのだな)

 どうも女性全般にはうまくできないらしく、よく振られているのをみかけるが……。まあ、それはこの男の根底にややこしい女性不信があるからであるのだし、それはひとまず置いておこう。

 ともあれ、三白眼はサリフ兄妹の心を一定つかんだようだった。

「あまり儲けにはなりませんが、一日分の食事代の足しになれば、とおもっているんです」

「そうなんだ。えらいなあ」

 三白眼はサリフ少年の言葉に目を細める。

「オレなんかね、働くの嫌いだからさあ。君たちみたいに真面目にやれてるの、すごいと思うんだよね。爪の垢煎じて飲めっていわれちゃいそう」

 三白眼はそう軽い口調で答えつつ、ちょっとだけ含みを持たせてから尋ねた。

「そーいや、君たち、前にもオレと会ってる? なんか思い出してきたー」

 そう尋ねられてサリフ少年が小首をかしげた。

「いやさあ、あのジャッキールってオッサンの家でよ。あのオッサン、実はオレのお友達なのよ。で、飯食わせてもらってたら、君たち、手紙書きにもらってきてたよね?」

「あ。そうだ。あの時に奥にいた……」

「そーそー。いや、君たちのこと、オレ、一瞬しかみてなかったら別人かと思ったんだけどさ。妹ちゃん連れてるし、もしかしてそっかなーって」

 三白眼はさすがにその辺はうまく、あくまで自然に会話を続けていた。

「あの先生には、まあちゃんという友達からきいて、手紙を書いてもらいに行ったんです」

「まあちゃん、いいこなんだよ」

 妹が割って入ってきた。

「先生、やさしーって、まあちゃんいってたの。顔はこわいけどやさしいからだいじょうぶって」

(怖いと思われているのか! やはり!)

 全然話の核心ではないところに、ほんのり俺は傷ついてしまう。三白眼はそれをわかっているらしく、にんまりしつつ話をつづけた。

「そーそー、あのオッサン、顔怖いんだよー。いうほど怖い人でもないけどね」

 で、と彼はつづけた。

「なんだか、色っぽい手紙書いてたじゃん? 妹ちゃん、アレ、渡せたの?」

 そう尋ねると、ほんの少しサリフ少年の態度がかたくなった。

「あれね、あたし、わたしてないの」

「え、そうなの?」

「あれはね、おにいちゃんがおにーちゃんにわたすものなんだよ。おにーちゃんは、うちのおにいちゃんより大人なの」

「お、おい」

 サリフ少年がちょっと慌てる。

「おにーちゃん? おにーちゃんって?」

「え、っと、そうなんです。実は、あれ、人から頼まれていて……」

「ははー、なるほどっ。わかるぜ」

 三白眼は空気を和らげるためか、ことさら明るく言った。

「そのおにーちゃんの気持ちわかるー。代筆頼んだら、負けた気持ちになるんだよな。でも、正面切って頼めないけど、自分じゃかけないと結局頼んじゃうんだよね。……おにーちゃんて、君たちのほんとのお兄ちゃんなの?」

「いえ、昔、近所に住んでいて遊んでくれていたお兄ちゃんなんです」

「そうなんだあ。今は近所に住んでいないのかい?」

「はい。大人になったのでお仕事を始めていて、あちらこちらを移動しているんです。いろんなお商売をしているんだって」

 サリフ少年は多少戸惑いを見せていたが、三白眼が特に裏のなさそうな聞き方をするので、話すつもりになっているようだ。

「それで王都に立ち寄った時は、お土産を持ってきてくれていて。……うちはおかあさんが寝込んで半年になるので、それで最近は何かと気にかけてくれているんです」

「えっ、おにーちゃん、めちゃいい奴じゃん」

 さらっとそんなことを言い出す三白眼。

「わー、そいつとお友達になれそう。ねね? 良かったらおにーちゃんのこと、もっと教えてよ。実はオレも手紙かけるし、なんかの役に立てるかもしんないしさ」

 

 *


「おにーちゃんの名前はエニーくんよ」

 三白眼がそういう。

「おにーちゃんは、あの子達の近所の元住人。年齢はオレと同じくらいかな。外見は中肉中背。オレより背は低いだろう。目立った特徴なさそう。民族的にもザファルバーン的に最大手だから、聞き出した外見から探すのはきつそうだな。職業は、あの子達から聞き出したとこによると、仕事は行商っつーか、隊商に雇われてる感じ。商人の卵なのか、人足要員なのかは、わかんないねー。オレの聞き出したのは、そんなトコ」

 ひらひらと手を振りながら、三白眼は言った。

「す、すごいな。ほぼ初対面で、それだけ聞き出せたのか?」

「ふふん、まあー、そこんとこは、人付き合い下手くそなジャキのダンナと一緒にされちゃあ困りますよねー。オレってば、こう見えて可愛いんで」

 特に可愛くはないと思うが、三白眼はドヤァっと目を細めてにんまりとする。

「うむ……。しかし、貴様のは、さすがに才能だな」

 俺は感心した。まあ、なんだかんだで、こやつのこういうところに、俺もやられてしまっている。

 本来、俺はこの男とは敵対関係。本気で一時は首を狙ったこともあったのだが、主に精神的な意味で敗北して以来、こういう関係となっている。

 こいつが俺のことをどう思っているのか知らないが、少なからず、俺としては今更本気でこの男と戦う気にはなれない。 


「つうて、オレは香料関係の話は一切してないからな。あの子たちが薄荷摘んでたのに触れてたぐらいさ。……そこんとこ、ちょっとでも感づかれると、特にあの兄貴の方、口を閉ざしちまうぜ。ここいらが限界」

「ああ、無理をする必要はない」

「ただ、うまく妹ちゃんに頼んで、巾着袋貸してもらったけど、ありゃイランイランって花の香りだぜ、ダンナ。前に嗅いだ時気付かなかったかい?」

「そうなのか?」

 きよとんとしていると、

「アレ? 知らない? んまー、ダンナはカタブツの唐変木だからなあ」

 と三白眼は、普段は仮面の下に隠している不良青年の顔をのぞかせる。

 この男は、かつて本当にグレていたことがあるらしく、その時は散々な遊び方をしていたらしい。今ではただのヘタレ青年のようだが、時折、こういうときに悪い男の片鱗が現れる。

「ありゃあ、媚薬代わりに後宮とか花街で使われてたりするのよ。なんで、恋文につける香りとしては正しいんだが、子供が使うにはちょっと色っぽすぎるよな。ジャスミンぐらいにしておいてほしいんだけど」

 と苦笑気味だ。

「んでも、そんなん、この辺で拾った薪についてくるような花じゃあないし、多分、予想通りの展開なんだろうねえ」

「うむ」

 俺はうなずいた。

「母が病気で寝込んで半年だといっていたな」

「ちょっとずつ快方に向かっているって言ってたけど、そこそこ、薬の代金とかもかかってるんだろうね。それで、顔見知りのエニーおにーちゃんの頼みを断れなかったってとこかな」

「そうだろうな」

 やはりサリフ少年の気持ちを考えると、俺は少し胸が痛い。それに比べ、事情を知っていながら、その気持ちを利用しているエニーとかいう男のことが腹立たしかった。

「あ、そういえば、半年で思い出したけどさ」

 と、いつの間にやら三白眼が俺を見上げていた。

「なんだ?」

「アンタ、今日でカタギ生活半年記念でしょ?」

「は! そういえば!」

 三白眼が俺をやや呆れたように見やる。

「いやあ、なんていうか、正確にはアンタここに住み着いてカタギの生活しだしてから、半年以上いるとおもうから、何が半年記念なのかわかんないけども、暦にそう書いてあったからさ。いつも、ささやかなお祝いとかで飲み会してるから、やんのかなーと思っていたけど、そういう気配ないけど、どうなのよ? いや、ネズミ誘って、宴会準備して、びっくりさせてやってもよかったんだけど、それ、もうだいぶ前にやったネタだし」

 同じことやっても飽きるだろ、と三白眼は言った。

「いや、菓子でも買って、一人でささやかな祝いをしようと思っていたのだが、何分、調査の関係で頭がいっぱいでな。何も解決もしていないし」

「まあー、気持ちはわかるけどねえ」

 と三白眼はいう。

「それに、この事件次第ではカタギ生活が中断する可能性もあるので、おいそれと祝えないというか……」

「あれ、どういう基準で中断しちゃうのさ」

「どういう? まあ、その、血を見たりすることがあったりすると、中断となる判定ではあるな」

 ここに住み着いてからの俺はなるべく荒事は避けてはいたが。

 とはいえ、俺は元々戦闘において見境をなくす狂気の病まで持っているわけだ。何かしらの事件に巻き込まれた際、すべてが穏便に済むわけでもない。判定は個々の事情にもよるので、多少の流血沙汰は許されることもあろうが、相手を『斬る』ような事態に陥った際は『中断した』と判定せざるを得ないだろう。

「……俺はその探している男に、それなりに腹を立てているからな。うっかり斬ってしまわぬとも限らないから……」

「わぁー……、物騒だなあ。……まあでも、なるべく穏便にすませてよね」

 自分も相当物騒な男のくせに、三白眼はそういうとにやりとした。

「ま、これが終わったら、打ち上げ兼ダンナのカタギ生活半年継続記念、ちゃんとお祝いしてやんよ」

「それはありがたいことだな」

 しかし、カタギ生活、六ヶ月継続記念。

 俺は眉根を寄せた。先ほど三白眼に語ったように、……俺が手をかけることもなくすべてが穏便に済むのが一番良いのだが……。

 俺はそう考えて、ふとため息をつく。

「でもさ~」

 俺が難しい顔をしていると、急に三白眼が猫なで声になった。

「まあそれはそれとして、今日は前祝いっちゅーか、軽いお祝いで、リーフィちゃんとこ飲みに行こうぜ。ダンナの言う通り、情報聞き出してあげたじゃん。早速アンタのおごりね」

「は? なんだと?」

 む、と俺はやつをにらむが、そんなことぐらいでやつはへこたれない。

「いいじゃん、一肌脱いでやったじゃん?」

「仕方がない。約束だからな」

「へへ、ごちそうさん! 人の金で飲む酒は美味いなあ!」

 三白眼は調子よくそういうと、俺の先に立って踊るように歩きだす。

 この男のそういうところは、腹立たしくもあるが救われるような気持になることもある。

 やれやれ、と思いながら、俺は思わず苦笑した。

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