13.少年は目盛りを読んで【定規】


 俺はよく几帳面だといわれる。

 別に几帳面なつもりはない。綺麗好きといわれればそうかもしれない。潔癖症と言われれば、多少自覚がある。

 ただ、別にそんなに几帳面ではない(と思う)。人よりちょっと細かいところが気になることはある程度だ。

「よし、誤差ほぼなし。完璧だ!」

 びしぃっと定規をあてて、花の茎の長さをはかる。均等に切った針金に緑に染めた布を巻くのだが、最終調整で決められた長さにもう一度調整する。そして検品。

 検品の時に役に立つのがこの定規。定規は正確に作られたものに限る。これは王都の雑貨店で見つけたものだが、金属でできていて見栄えもする上に目盛りも細かく正確。とても気に入っていて、日常的に使っている。

「まあ、あとは花と合わせるだけだが、これはなんとかなるだろう」

 何の話かというと、これは内職の話である。

 造花を作る内職は、しばしば行っている。それほど多数の依頼は受けていないのだが、納期に遅れては大変だ。このところ、例の事件の調査もしていて、それなりに忙しく過ごしていたので、内職がややたまっており、今日は暑くて外にも出られない上、昼から寺子屋の仕事も入っていて時間の余裕がなく、開き直って内職に励むことにしていたのだ。

「ダンナ、あのさあ」

「なんだ。俺は忙しい」

 飲んだくれて朝帰りの三白眼は、相変わらずの宿無しなので(いや、正確に言うと泊る場所は二つぐらいはあったはずだが)、あさっぱらから俺の部屋を襲撃して、床で粗大ゴミのごとく寝転がっていたのだが。

 いつの間にやら起きだしてきたらしく、胡坐をかいて俺の作業を見ていた。

「すっかり、尾羽打ち枯らしちゃってさあ。アンタみたいな、虫すら近づかないような狂犬みたいな男が、お花づくりの内職とか、世も末すぎる」

 三白眼は呆れたように俺を見ている。

「つうか、ダンナ、内職なんていまだに受けるの? この間の仕事、報酬もらったらしばらく仕事しなくていいじゃん」

「あれは成功報酬だ。情報は積み重ねてきているが、いまだに解決できるとはわからん。俺とて、日銭を稼がねばならんからな。地道な積み重ねが大切なのだぞ」

「うわぁー、それ、ラゲイラ卿のトコで、バリッバリの傭兵隊長務めた男の言葉と思えないな」

「俺はそんなに行き当たりばったりではない」

 実のところ、三白眼は、俺が内職や寺子屋教師、家事を楽しくしたり、近所の奥様方と市場の特売品や今日の晩御飯の情報交換をするのを、あまり快く思っていないらしい。

 というのは、やつはやつなりに、戦場に立つ俺にそれなりの思い入れがあるからだ、ということらしいのではある。

 発作的に見境がなくなるほど、戦闘に没頭する俺だが、やつにとっては厄介な敵ではあったようで、それに対しては評価をしてくれているようだった。

 なので、そんな俺がこうして日常生活にいそしむのをみると「なんかいろいろ崩れちゃうからやめて」なのであるらしい。

 評価してくれているのは嬉しいが、余計なお世話ではある。俺とて、毎度ああではとっくに精神が持たなくなっている話。元々、戦場での俺はいろんな事情からそうなってしまった俺ではある。双方俺ではあるけれど、多分、日常のこうしたやや気の抜けた生活が好きな俺とて、本来の自分ではあると思う。

 もちろん、俺の中にも、いまだに見果てぬ華々しい地位へのギラついた未練や焦りがないかといえば、嘘にはなるのだけれど、この王都にきて住み着いてから、自分の中でも折り合いがついてきたように思うのだ。

 まあ、そんなことを、この三白眼に今は説明する気もないけれど。

 三白眼は、憮然と俺の作業を眺めていたが、ふと思い立ったように言った。

「ダンナ、気持ち悪いぐらい几帳面だよね。……その一番小さな目盛り以下のところにこだわる作業みてたら、なんかうわあってなって引く。悪口じゃないんだけどさあ、若干の生理的ダメ感があるな、オレとしては」

「悪口ではないか! 俺は几帳面ではないぞ」

「いや、几帳面だろ。どの面で言ってんの?」

 三白眼は眉根を寄せた。

「ダンナ、前から思ってたけど、ド天然だよな」

 三白眼は深々とため息をつきつつ、あ、と声を上げた。

「そういや、今日は寺子屋もあるんでしょ。あの件、なんか聞き出せそうなのかよ?」

「あの件とは?」

「ボケてんな、ダンナ。今、調べてる件だよ」

 三白眼は、そういって片頬杖をついた。

「あの話、子供がかかわってるって言ってたじゃん。ダンナんとこの長屋の子って、マセガキ多いことだし、何か知ってることない?」

 ときかれて、俺はきょとんとした。

「そういわれれば、そうか。しかし、幼い子供に尋ねても……。俺のところの生徒は、確かにませていてしっかりしているが、香りや何かに興味がないと思うのだが」

「わかんないよー。地域的にかぶるかどうかはわかんないけど、子供の世界の情報網って大人のそれとは違うしさあ。大体、前だって、ダンナの代筆の噂聞きつけてきた子がいたじゃんか」

 そういわれると、あの手紙の代筆に訪れた兄妹も、俺の生徒から紹介されてきたといっていた。

「手紙にいい香りをつけるの流行ってるっていったでしょ。もしかして、子供の世界でも何かしらのはやりがあるかもしれないし……。うっかり流通してるかもしれないよ?」

「まさか。うちの生徒にかぎって……」

 俺は咄嗟に苦々しく否定したものの、三白眼の指摘はもっともだとも思った。


 *


「先生の手紙、超ダッサイ」

「うん、全体的なまとまりはいいんだけど、なんていうか古いよね」

「センスふるーい」

「もっと、ここ、現代的にしたほうがいいよ」

「す、すまない。先生の力不足だ」

 寺子屋に通うおませな女子たちに詰められながら、俺は手紙を書いていた。

 いや、何故このような羽目になったかというと、手習いの文字を書く上でお手本を作れ、といわれたのだ。そして、お手本とは、彼女たちの求めにより『情熱的な恋文』だった。

 で、一般的な文章として適当につくったところ、彼女たちに、グッサグサに心に刺さるダメ出しを食らっているのである。

 特に一番手厳しい髪を結った少女が、具体的に突っ込んでくる。

「今どき、古典詩なんて古いよね。先生、もっと自分の言葉で情熱的にかいてよ。全力出すべきだと思う」

「そうそう。先生、全然、実力出していないよね?」

「大体、無難に整えようとか言う感覚が古いと思うー」

 なんという前衛的感覚。そして、なんという無茶ぶり。

 頑張ればできるかもしれないが、全力を出し切った恋文は俺がすさまじく恥ずかしくて、悶えてしまう。それだけは許してほしい。

「す、すまない。先生の実力ではこれが限界だ。必ず、上達するので、本日のところはこれでどうか……」

 情けないことではあるが、気持ちは半泣きでそう頼みこみ、手厳しい少女たちに許してもらって俺は人数分のお手本を書き終えたのだった。


(子供は好きだが、相手をするのはなかなか疲れる)

 俺は傭兵となる前も軍人だったわけだが、子供のころはこうした教育に携わる仕事に就きたかった記憶がある。当時の俺にその道が許されるはずはなかったため、今の状況はある意味、子供のころの夢を一つかなえているようなものではある。

 しかし、現実はそれなりに厳しい。というか、甘くはない!

(圧倒的に子供たちが強すぎる)

 大人相手には強面と修羅場をくぐった経験により、畏怖心を抱かせて切り抜けることもできるのだけれど、子供はそれで覆い隠した俺の真の姿が見えるのかもしれない。

 実は押しの弱い性格の俺は、子供たちにその本質を見破られ、ひたすらやり込められまくっていた。

「せんせー」

 そんな風に悩んでいると、不意に男の子が、俺に声をかけてきた。

「せんせー。ものさしの使い方教えてよー」

 そういって、少年は俺の前に小さな定規を出してきた。

「うむ、かまわないぞ」

 寺子屋で教えるのは、読み・書き・計算。長さや重さのはかり方も教えている。むしろ、自分から興味を持ってくれるとは嬉しい。

「しかし、いきなり物差しの使い方を教えてほしい、とは、父御の仕事の手伝いか?」

 一通り定規の使い方を教えながら、ふと尋ねてみた。確かこの少年の父は大工をしていたと思う。

「ううん。おれが使いたいの。友だちがつかってて、おれも使いたいなーって」

「ほう? 何か工作でもしているのか?」

「ううん、ちがうよー。あのね」

「どうしたのだ?」

 と、少年はややもじもじした様子になる。

「あのね。……えーと、どうしようかな。でも、先生にならいいかなー」

 少年はややためらった後、俺に耳打ちした。

「あのね、本当はひみつなんだけど、先生だから教えるんだけどさ。売り物をはかっているんだ」

「売り物?」

「そう! すんごくいい香りのする木の棒。同じ長さにして切るんだよ。ともだちの手伝いしてやろうとおもうんだけど、おれにはわかんないから」

 ドキリと俺はした。

 すごく良い香りのする木の棒。……薪に混ざっていた香木。まさにアレのことではないか。

「その良い香りの棒、お前も手に取ったのかな?」

「うん。でももともとはちょっと大きくて、持ち運びやすいように切る必要があるって言ってたの。それで、さあちゃん、友だちがね、大変だから手伝ってあげようと思ってさ」

「そうか。お前は優しい子だな」

 えへへ、と少年は嬉しそうに笑う。

「その子は長屋の子か?」

「ちがうよー。でも、家は近くだよ。遊び場が同じなの」

 一度秘密を口にしたことで気が軽くなったのだろう。少年はやや饒舌だ。

「いい香りのするの、最近、女子の間ではやってるんだ。先生知ってる?」

「いや、俺はあまり詳しくなく」

「お手紙にお花でほんのり良い香りつけるんだって。それでね、ちょっと分けてもらって女子にあげるとみんな喜ぶんだよ」

 少年はそのままこう続けた。

「あのね、本当は重さもはかるの。だから、先生には重さのはかりかたも教えてくれると助かるの」

「あ、ああ。重さのはかり方も教えられるが……しかし」

「まあちゃん」

 別の子供がその少年を呼んだ。

「まあちゃん、先生になに教えてもらっているの?」

 まあちゃん。

 この少年の名前はマルゥ。だから、まあちゃん、だが。

 そうだ。あの代筆の時の子供は、俺のことを『まあちゃん』に聞いたのだ。

 子供たちが話をしている間に、俺はぼんやりと考えていた。

 あの時に恋文の代筆を頼みに来た幼い兄妹。とても子供のやり取りで使うとは思えない文章。名前のない匿名の手紙。あの時、代金を払おうとした少年の巾着の良い香り。

 俺のぼんやりした懸念が、そのわずかな時間で具体的に組み立てられていく。

「先生、ごめんねー。続きをおしえて」

 まあちゃんことマルゥが、友人との会話を終えて俺のところに戻ってくる。

「うむ」

 俺はうなずいて、それからできるだけ平静を保ちながら尋ねた。

「先生は、一つ気になることがあってな。そこで、マルゥよ。もし、お前が話せればでいいのだが」

 そういうとマルゥ少年は目を瞬かせ、

「うん。いいよ。先生はしんらいできるおとな、だからね」

 ませたことをいう少年の幼い顔を見やりつつ、俺は意を決して尋ねた。

「先生に、その、さーちゃんという友人のことを教えてくれるかな?」

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