12.真夏の至福は舌で溶け【チョコミント】
薄荷は、この国では珍しい植物でもなく、特に夏は暑さをしのぐのに派手に飲み物などに使われている。いわゆる
そもそも、俺は多すぎる薄荷は苦手だったが、ここいらで出されるものは、大体、大変甘い砂糖水を入れてくれたりするので、俺としても飲みやすく、今では平気だった。
そして、今日もそんな薄荷をたくさん入れた甘い茶を飲みながら、一時の清涼を得ているのだった。
「ジャッキールさん、お疲れ様」
今日は、俺は久しぶりにアイード殿の経営する喫茶、錨亭を訪れていた。
このところ、店主の彼も姿を見なかった。そういう場合、店番の人物がいることがあるが、半分、彼に話を聞いてもらいにきているので、俺はアイード殿が在店しているときに訪れることが多い。
「俺も本業が忙しくてね」
と顔を合わせると彼は笑う。
「息抜きに喫茶店やりに来てるんだよねえ。まあ、大まかに片付いたから、あとは部下に任せるよ」
前にも言った通り、アイード殿もただものではない人物だ。具体的には、まあ、将軍とか提督とかそういう肩書きのつくヒトだが、少なからず喫茶店に出ている時の彼は本来の身分や立場を感じさせない親しみやすさだった。
「ジャッキールさんは首尾はどう?」
そうきかれて俺はうなずく。
「有力な情報は得られてきているのだが、少し込み入った事情もありそうでな。どのように核心に近づこうかと考えているところだ」
「そうか。それは大変だね」
一筋縄ではいかないかあ、と言いつつ、アイード殿はふと思い出したように言った。
「そうそう。ちょうどよかった。この間言っていたバニラをつかったお菓子だけど、今日はいいのを試作していたんだ。よかったら試食してよ」
「良いもの?」
「ちょうど今日は暑いからね。俺が食べたくてやってみていたんだけどね。俺のとこの氷室にまだ氷たくさんあったから助かった」
といって、厨房の奥からアイード殿は金属の箱のようなものを出してきて、何やら作業していた。
やがて出されたのは、雪のように白いとろりとしたものだった。その上に、緑の薄荷の葉がちょろりとのせてある。
ひんやりとした冷気とともに、あまりかぎなれない芳醇で上品な、かわいらしいような甘さが鼻を撫でた。
「これは?」
「これはソルベットとかいって、大陸北部でも流行っているとかいう氷菓だよ。加工している牛乳で作ってみたからついでにバニラも入れてみたんだ」
ということは、この独特の甘い香りがバニラだろうか。
そういえば、ラゲイラ卿に仕えていた時に、この香りは覚えがある。使い方によっては、のしかかるほどに重たい香り方もするのだが、量を調節されて菓子に使われている分には上品かつ魅力的に思えた。
冷たい氷菓にこの香り。とにかく美味そう。
「いただいてもいいだろうか」
「もちろん」
年甲斐もなくそわそわしてしまいつつ、俺はさじを手に取ると一口、口に運んでみた。
しゃりっとした氷に乳のもったりとした味わい。氷菓はさほど珍しくはないのだが、それでも暑いさなかに食べる冷たい菓子は何とも言えないうまさだった。
牛乳が入れられていることは珍しいが、それも脂肪分が多いのか柔らかくて舌の上で蕩ける。
そして、甘い! 砂糖の甘みが舌に広がる。
そして、この独特の香り。上品かつ、化粧品のようですらありながらも、まろやかで食欲を刺激するような甘い香り!
何故か幸せな気持ちになる。なんだろうか、この幸せを凝縮したような甘い多幸感。これは危険だろう。
(こっ、これが、バニラ……)
贅沢すぎる料理だ。
暑い最中、冷たく甘いまろやかな物を食べる。その香りは甘く上品で優しい。
(地上の楽園はここにあったのか?)
じーん、と思わず感動に浸っていると、アイード殿がそれを見つめてうなずく。
「気に入ってくれた?」
「無論だ。……このような美味なものを食べられて俺はなんという果報者だろう」
「あはは、大げさだなあ」
感動しすぎて少し言いすぎてしまったかもしれないが、ともあれ、非常に美味。今日の暑さも、調査の大変さもすっかりわすれてしまいそうだ。
「いやあ、バニラ、焼き菓子に使うのもいいんだけど、これがおいしいって噂をきいたからさ。喜んでもらえてよかったよ」
にこにことアイード殿は微笑んでいる。
「しかし、氷菓とは。作り方が大変なのでは?」
と尋ねると、彼は肩をすくめた。
「それほどでもないよ。さっきもいったけど、俺んち氷室があるからさ」
アイード殿はただモノではなく実家も太い。氷は水運に通じた彼のこと、運河で山から運ばせるのもさほど苦労はないのかもしれない。
そういえば、氷室はラゲイラ卿ももっていて、夏には冷たい飲み物や氷菓を出してくれたことがあった。
「夏に冷たい飲み物を冷やすには、硝石と水を使って冷やすの、知ってるかい? どっかの錬金術師が開発したって噂もあるけど、硝石と水が合わさると、温度が下がるから液体を冷やすことができる」
「ああ、それは知っている」
「それの水を氷にかえると、もっと冷たくさせることができるんだよ。それを応用したのが、こういう氷菓の作り方。今はだいぶん費用も下がってきているよ」
その方法はうっすらときいたことがある。
「アイード殿はお詳しいのだなあ」
「そうでもないよ。でも、俺は太内海の商人たちとも交流があるからね。そっちのはやりすたりもきいてるから」
「なるほど。しかし、バニラをかけた氷菓がこんなに美味だと思わなかった。それに、バニラの香りも覚えられたように思う。今後、役に立ちそうだ。アイード殿には感謝してもしつくせない」
俺はアイード殿に礼を言う。
「そんなに喜んでもらえると嬉しいよ。あ、そうだ。そういえば、もう一つ試験的に作ったのがあるんだ」
と、アイード殿は、また厨房に戻り、ごそごそとなにかをして戻ってきた。
「これ、合うかどうかわからないんだけど、ちょうど薄荷が大量に手に入ったんでね。一回やってみたんだ」
そういって差し出してきた氷菓は、先ほどのものと違って緑色をしていた。そして、深い茶色のものがいくつも入っている。
俺は目を瞬かせた。香りからすると、薄荷らしい。しかし、見たことがない。
「この茶色のはカカオって豆からできるやつ。本当はすごく苦くて薬用にもされてるんだけど、最近甘くしたのが流行っているらしくてね。ショコラとか言ってたかな。たまに輸入品が入ってくるんだが、この間、関所通さず密輸している馬鹿がいたもんで、見つけてごっそり没収したんだよ」
ひっそり不穏なことを聞いた。
「でも、あんまりうちの国ではなじみがなくて、捨てられそうだったから俺がいただいたんだ。まあ、そこは水軍関係をつかさどる特権というかだね。……まあ、そういうわけで、このショコラってやつもたくさん手元にある状態なんだ。そこで薄荷も入荷されたから、一回合わせてみたんだよね。ちょっときついかな、って気もするんだけど、暑い日には目にも涼しいかなって」
ショコラが甘いというのは知っている。高級品だったはず。だから、俺はちゃんと口にしたことはないと思う。
これは、興味がある。
そわそわする俺に、アイード殿は優しく微笑む。
「よかったら、召し上がれ」
「い、いただきます」
遠慮しないでいただくことにして、俺はさくりと匙を入れ、口に入れた。
(こ、これは!)
たまに飲むハーブの利いた酒にも似た刺激、いや、その前にも散々薄荷を入れた茶も飲んでいたが、それで薄荷に慣れていないと少しきついと感じるかもしれない。
しかし、これはこれで涼しげだ。しかも。
(このショコラとかいうもの、なんと甘美な味なのだ。冷ややかな薄荷の味わいとまろやかな乳製品、そして砂糖の甘さ、……そこに付け加えられる濃厚でこくのある甘さ! ……この組み合わせ、一瞬、ぬっとなるが、多分、癖になる!!!)
俺が衝撃を噛み締めている間に無反応だったのせいか、アイード殿は俺を覗き込んできた。
「大丈夫そう?」
アイード殿が心配そうに尋ねてくる。
「いや、これはこれで、とても美味い。暑い時に食べると清涼感もあって、謎にクセになる」
「え、そう? それはよかった! いや、ちょっと心配だったんだよね。好き嫌いありそうで」
欲を言えば、ショコラだけでも欲しい。
お金を払ってもよいので、それは後でこっそりアイード殿に頼もう。
それにしても、俺の身分ではおおよそ簡単に手に入らないような、珍味でありかつ高級そうな甘味をたてつづけに出されて、今日の俺はまともな返答ができそうにない。これから真面目に調査も行おうと思っていたが、こんな精神状態で務まるかが激しく不安だ。かなりふわふわしているのだ、今の俺は。
なにせ口の中が地上の至福を集めたような状態になっている。楽園はここにあったのか。
アイード殿は、よかったよかった、とうなずく。
「でも、ちょうどよかったよ。薄荷もたくさん仕入れちゃっててさ。お茶だけでは味気ないと思ってさ。スープに使ったりもするけど、飽きちゃいそうで。もうちょっとこういうのも作ってみても良いかもな」
「薄荷をたくさん仕入れられたと聞いたが、旬で安かったのかな?」
「それもあるけど……。いやね、昨日、俺が久々に店に戻ってきていたら、まだ小さな男の子と女の子がやってきて、採ってきたばかりの薄荷を買ってくれないかというんだよ。追い返すのもかわいそうだし、使うもんだから買わせていただいたんだけど、よく考えたら別に仕入れもしていてね、今、在庫がいつもの二倍ぐらいの量があるんだ」
と、アイード殿は言った。アイード殿は押しに弱いのだ。そのあたりは他人に思えず、俺も思わず同情した。俺も家に売りに来られたら断れないと思う。
「そういえば、あの子たち、変なこと言ってたんだよな」
と、アイード殿は思い出したように言った。
「葉っぱの薄荷だけじゃなくて、液のもある。そういうのが欲しかったら教えてください、とかなんとか。当時は薄荷で飲み物作ったのかな、と思ったんだけど、……もしかしたら、アレ、精油の話だったのかな。いやでも、子供だし」
「子供……」
俺は、ふと引っ掛かりを覚えた。
探している香料を保有しているのは、おそらく子供。
「薄荷の精油は珍しくないんだけどね。ちょっと取り扱い難しいくらいきついもんだし、あんまり子供は持たないと思って」
アイード殿がそう補足するが。
(子供、男女の子供)
俺はふと思い出していたのだ。
恋文を代筆してくれと、俺に頼んできたあの幼い兄妹。あの兄の巾着袋から、確かに甘い花の香りがした。
「いや、考えすぎか?」
俺は考えを打ち消すようにそうつぶやいたが、その小さな懸念がとげのようにわずかに心に残るのだけは、この至福の中でも避けようがなかった。
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