11.魔術師の末裔の住まう【錬金術】
ザファルバーン周辺は、歴史的にもかなり古くから栄えた地だ。それなもので文化も洗練されており、技術も高い。例えば、硝子や鏡の加工技術も優れていて有名だった。
薬学や医学の発展も顕著なのだが、それは、錬金術の発達と関係が深い。
俺が若い頃から、この地には本物の錬金術師がいるとかなんとか噂になってもいたくらいであり、高名な医師や薬売りを訪れると、錬金術に通じていることも珍しくない印象だ。
いまだに最先端の技術を持つところもあり、その文化や技術の高さに惚れ惚れすることはある。
俺が故郷から離れた時に、大陸の南下を選んだのには様々な理由はあるのだが、一つにはるつぼ鋼の刀剣の製作がされている、ということもあった。
るつぼ鋼といえば、その刃紋の模様の美しさと切れ味で知られている。
俺も剣士の端くれ、俺には魔剣フェブリスがあるものの、そうはいえども手入れや修復に出している間に他の剣が必要なので、複数本は保有する必要がある。
それゆえに、刀剣については金に糸目つけずに入手する必要があり、どうしても詳しくなる。凝り性でもあるので、もちろん、その刃紋の美しさには魅せられていて、現物を手に入れたいと思ったものだ。
「美しいな」
ふふふ、と俺は思わず微笑みを浮かべてしまう。
目の前の刃物に映るのは、木目の如き、薔薇の如き細やかな刃紋。率直に言って美しい。
「結構な値段だったが、やはり良い買い物であった。うむ、愛いやつよ」
思いの通りの切れ味。使っていて手に馴染む。そして、この美しさ。思わず惚れ惚れしてしまう。
「ダンナ、何、昼飯のきゅうり切りながらぶつぶつ言ってんのよ。ぶきみー」
三白眼が唐突に声をかけてきた。
「な、何を言う。俺は、愛用の包丁の美しさと切れ味を褒め称えているのだぞ」
俺は切った胡瓜を手早く鍋に入れながら、今日とてふらっと立ち寄っていたやつに反論した。
「この包丁は、王都近郊の有名な産地の鍛冶屋で作られたものなのだ。これにはな、それはもう、それはもう美しい紋様があってな。俺はこれがどうしても欲しくて。短刀も良いがこうした日用品にもこういうものがあると、日常が充実する」
「……あのさあ、ジャキジャキさあ」
三白眼は、呆れたように言う。
「本当、普段は気が抜けてるんだから。狂犬と言われた危険な剣士の誇りはどこにいったんだよ。昼間っから野菜ばっかり切りやがって」
「野菜ばかりではない。魚もちゃんと三枚に下ろしている。ふん、俺は包丁捌きの鍛錬も怠っていない」
「いや、それがって話だよ! っかー、もう、こう見えてオレ、アンタのことはちゃんと一目置いてんのに。尊敬してるのにさあ」
「俺には、貴様に尊敬されていると言う感覚がないのだが?」
俺は鼻を鳴らす。
「そんなことをいうのなら、俺のメシを食うな」
「あっ、そんなこというんだー! ひどいー! オレ、今日はマジ無一文なのに! ダンナならご飯食べさせてくれると思って来たのに!」
だんだん頭が痛くなってきた。
剣士の誇りはどこに行ったのか。そんなことはこっちが言いたい。
しかし、それを追及するのも、詮無いことだとわかっていた。
「んで、ダンナ、仕事の方どうよ。蛇王さんとは会えたんでしょ?」
魚肉を放り込みつつ炒め物を作っていると、三白眼がそう尋ねてきた。
「それはそれで頭の痛いことになっている」
「そうなの?」
「うむ。……蛇王の見つけてきた、白檀を売っていた商人から、仕入れ先を聞いてはいるのだがな。どうも、そこから調べにくいのだ」
俺は唸った。
蛇王はそれなりに薪売りから情報を聞き出している。
その薪売りは自分で調達した資材のほかに、いくつかの仕入れ先を持っているのだった。まず近隣に住む老女とその娘、それから十人ほどの少年や少女。
この地でちゃんとした木材を探すのはそれなりに大変だが、着火用の植物という意味では、枯れ草などを集めるのは十分子供にでもできる仕事だ。
蛇王は、一応偶然を装って、あの白檀を持ち込んだのが誰であるか探ろうとしたようだった。
しかし、どうも十人ほどいる子供の誰か、ということまではわかったらしいが、肝心の薪売りも忘れてしまっていて特定にいたらなかった。
「じゃあ、その子供、一人一人に直接ききにいくとか?」
「それはまずい。何も知らんのに巻き込まれている状態の子供だ。いきなり俺のような男がおしかけていって事情をきいたら萎縮するだろう。大ごとにはしたくもないしな」
それに、と俺は眉根を寄せる。
「問題なのは、十人ぐらい候補がいるということだ。そんなもの、一人二人に接触した時点で黒幕に気取られてしまう。となると、子供にも危険が及ぶかもしれんし、逃げられてしまうならまだしも、品物も取り返す前に持ち逃げされかねん」
「それは厄介だなあ。……つーか、アレだよね。アンタたちの予想通り、黒幕の奴が子供に盗んだ香料、預かってもらっているとしたら、アンタとか蛇王さんがかぎまわってるのバレたら即終了じゃん。アンタたち、カタギに見えないから」
「そこはわかっている」
俺は憮然とした。
「だからだなー、そこを調べるのはどうしたものかと、考えあぐねているところなのだ。ただ、もう一つ有力な情報を得ていてな。昼からリーフィさんのところに行こうと思うのだ」
「リーフィちゃんのとこ? そういや、薬草屋さんとかに聞いてもらってたんだっけ」
三白眼が身を起こした。
俺は料理の仕上げをしつつ、
「行きつけの店でちょっとした噂を聞いたと連絡をくれてな」
三白眼がにんまりした。
「それはちょうどよかったねー。ダンナんとこで、飯食ったあと、リーフィちゃんとこに遊びに行けるとか、オレ、ツいてるじゃん。いい事ずくめすぎる。いっそのこと、ジャキジャキの助手になっちゃおうかなあ」
(気まぐれな奴が)
この三白眼男は極めて気まぐれだ。
街に住み着いた野良猫みたいなところがある。こうした仕事も手伝ってくれそうなこともあるが、単に俺の部屋の涼しいところでごろっと寝ているだけのこともある。真面目に助手が務まるとも思えない。
「ねね? オレのが、カタギっぽいし、役に立ちそうじゃない?」
「少なくとも、貴様も十分不審だ」
俺はそう答えながら、三白眼の前に昼飯を出してやった。
今日の昼は、魚と胡瓜の甘酢あんかけなのだ。暑い日にもぴったりで、最近、割と気に入っている。
*
錬金術。
取るに足らない金属から、金を取り出すという魔法の技術。
結局、成功したものはいないとされているが、それに伴い様々な副産物が生まれたと言う。
そして、そうしたものの一つが、植物の精油の抽出法だとリーフィ嬢は言う。
「水蒸気蒸留法というのよ」
リーフィ嬢の部屋には、見慣れぬ丸いガラス容器などがある。それを組み合わせて何か液体を入れ、ランプで炙ったりしていることがあるのは知っていたが、やはり謎に詳しい。
「これが蒸留器でね。この器具を組み合わせると、水蒸気蒸留というのができるの。植物をこれにかけると、精油が取れるから、私、よく薔薇の精油や薔薇水をつくって遊んでいるのよ」
リーフィ嬢はそう説明をしてくれた。
(うむ、とても普通の若い女子がやる遊びではなさそうなことを、平然と言うあたり、とてもリーフィさんだ)
そもそも、この若い娘の部屋に、何故そんなものが当然のごとく置いてあるのかも違和感はあるのだが、まあ、リーフィ嬢も普通の娘というわけではないからな。気にしても仕方ない。
こういうところ、彼女もなかなか凝り性の娘なのだ。
「それの応用で、この間蛇王さんがもってきていた木から、ほんの少しだけ精油をつくってみたのだけれど」
とリーフィ嬢は、小さな小瓶を手にして切り出した。小瓶の中にはほんのわずかな液体が入っている。俺と蛇王が持ち込んだ白檀は、わずかなものだったので、採れる精油もほんの少しだったということのようだ。
「これ、やっぱり普通の市場で出回るようなものではなかったわ。かなり高品質なものよ。あれだけのものから取れた精油にしては多いし、香りの質も高いの。それに、一緒に買った端材に別の香りのもとになるような材料も少しだけ混ざっていたみたい。この端材に付着していた花も、香料になるものだわ。これは、自然と薪に紛れるようなものではないのよ」
そういってリーフィ嬢は、訪れた俺と三白眼に小さな花を見せてくれた。
「ってことは、ダンナと蛇王さんの調べてきた通り、その薪売りに納入した業者っちゅーか、子供がやっぱり何らかを持っていそうってことだねえ」
「多分そういうことになると思うわ」
リーフィはうなずく。相変わらずリーフィ嬢は無表情ではあるのだが、そんな彼女も思うところがある、ということを示すようにわずかに眉根を寄せていた。
「それにね、私が懇意にしている薬草のお店があるのだけれど、ちょっと気になるお話がきけたの」
「気になる話?」
リーフィ嬢の行きつけの店こそ、それこそ錬金術師くずれのような、やや怪しい人物や魔女めいた女性が薬を取り扱ったりしている店であるが……。
「見慣れない若い男が店を訪れてね、取引を持ち掛けたらしいのよ。取引内容は、植物精油だったというわ。とても良い香りのする精油で、お店の人はいくらかを購入して、分けてもらったというわ。それ自体は檜の精油だったというのだけれど」
と、リーフィ嬢は続ける。
「問題は、彼はこうも言ったらしいの。実はものすごく珍しいものを持っている。ただ、ここから先は取引が決まってからでないと話せない。情報を明かす前に前金が必要だ」
リーフィ嬢は顎に手を当てた。
「けれど、店主もさすがにそれでは取引ができないと断ったらしいの。情報のために安くない前金を払うほど、信用できそうな相手ではなかったらしいからね」
「うお、それは怪しいな」
三白眼が反応する。
「え、ソレ、クロじゃないの。リーフィちゃん」
「確かに、非常に有力そうな情報だが」
俺もつい前のめりになる、が、リーフィ嬢はというと、その美しい顔に微笑みも浮かべずに続けた。
「ただね。こういう話は、あのお店の界隈ではまあまあ聞くことなの。あのお店には錬金術師や魔術師を自称するような人も出入りするものなの。そういう人は玉石混交で、中には本当にすごい人もいるんだけれど、ただの詐欺師も混ざっているからね」
「うーむ、それはそうかもしれん。説得力がある」
「最初の精油だけ本物をつかませて、前金を払わせてから逃げてしまうかもしれないもの。注意深くなるわ」
リーフィ嬢は、至極冷静だ。
そう言われてみると確かにそうだ。錬金術師を自称するものの中には、きわめて怪しい人物もいるのは確か。
そもそも、薬品にしろ、香料にしろ、買う側の知識が足りないこともあるので、取り扱う商人の中には詐欺師もいるときいている。
「だから、精度が高い情報かどうかはわからなかったんだけれどね」
と、彼女は一言付け加えた。
「ただ、一つだけ気になることがあってね。その若い見慣れない男性、身なりや言動から、少なくとも普段から薬品や香料を扱っている感じの人ではなかったらしいの。どちらかというと、普通の商人みたいな感じでね」
俺は顔を上げた。
「詳しい説明を求めても、うまくはぐらかしたらしくて。ただ良いものを持っているので、買わないか、とそれだけだったみたい。詳しい話をたずね始めたら、条件が折り合わない、といって帰っちゃったらしいのよ。普通、詐欺師でも、こういう商材を扱っていると、それなりに詳しくなるし、取り繕えることが多くて。だから、そこは不審でね。大体、詐欺師なら、見かけだけはさも取り扱いに長けた玄人のふりをするものよ」
んー、と俺の隣で三白眼が唸った。
「それは結構怪しいなあ。やっぱり、そいつ、ちょっと気になるね」
「ええ。けれど、商材が商材だからね。どちらかというと狭い世界だもの。こういうやりとりをいくつかのお店に持ち掛けているとしたら、とても目立つのではないかしら。そこから、足がつかないかなって」
リーフィ嬢はそういって、俺の方を見上げた。
「私の知る情報はこんな感じなのだけれど、少しはジャッキールさんのお役に立ちそうかしら」
リーフィ嬢は謙虚に言った。こういうところはとても健気だ。正直とてもありがたいし、可愛らしい。
「いや、とても助かる。なんとかなりそうな気がしてきた。リーフィさん、ありがとう」
そういうと、彼女が少しだけにっこり笑う。表情の彼女の薄い微笑みはあまり見る機会がないので、俺は思わず癒された。
「いいえ。引き続き、いろいろ私の方でもあたってみるわね」
リーフィ嬢にお礼を言いながら、俺はほんの少し、とっかかりを見つけたような気持ちにはなっていた。
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