10.散らばる端材を拾うもの【散った】
市場に薪に混ざって売られていたという香木。
確かに、当初、狐目の隊商からも、主犯の男が「二束三文で薪にして売ったらしい」ときいてはいた。
俺もそれらしきものを探して、薪や雑貨を売る露天商を当たって見ていたところはあるが、てんで見当がつかず変わり映えのしない状況に嫌気もさしつつあったところだ。
ただ、こういうものに対して勘の鋭さは、やはり蛇王の方が上らしい。やつは自分で当たりくじを引き当ててきていたのだ。
廃屋は久しぶりの雨にさらされ、ようやく湿気を帯びてきていた。
どこかで雨漏りがしているらしいが、どうやら水たまりができてるようだ。ぴちゃ、ぴちゃん、と水たまりで雨粒が飛び散る音がする。
むっと湿度が上がる中、高炉がわりの白い皿の上で燃える香木は、相変わらず高貴で俗世離れした香りを漂わせていた。
「ザファルバーン領内では採れないものが、ここにあるということは、これはおそらく例の商人の言っていた香料の一つと考えてよさそうだ。普通はそんなところに混ざらないだろうからなしかし、端材の扱いで入手したというその薪売りの露天商に怪しいところがないのなら、少し問題がありそうな気がするが」
俺は手元の木材を観察しながら眉根を寄せた。
「少なからず、あの隊商の男は、輸送に携わっていた主犯は捕まえたといっていたのだから、そこからの話はある程度引き出している。さらに部下に転売したとの話もあったから、そこから露天商に渡ったのか?」
「そうだろうな。しかしだなー」
と蛇王は小首をかしげた。
「薪を売っていた露天商は、さほどクセのある男ではなかった。そこで、俺は最初にこれを見つけてから数日間市場に通って、何日かに分けてこいつを買ったのだ。それで親しくなって、それとなくいろんな事情を聞いてみたのだが、どうも、その飛んだ部下とはつながっていそうでもないのだなー、これが」
蛇王は、やや困惑気味に言う。
「露天商が嘘をついている可能性もないとは言い切れんが、俺の見立てでは特に嘘をついている気配はない」
「ふむ」
俺は唸った。
蛇王は得体のしれないこわもての髭の大男だが、威圧感があるばかりの俺と違って人懐っこく陽気だ。
最初はやつの外見やリオルダーナ訛りに警戒するものたちも、蛇王に明るく話しかけられると、大抵、感化されてしまい自然と仲良くなることができていた
そうして相手の心を開いてから話を聞くことができるので、俺より情報を得やすい。
さらに、蛇王は勘の鋭い男だ。生半可な嘘は基本的に見破ることができる。
その蛇王が、相手が嘘をついている気配がないというのだから、おそらく、その情報は間違いはないのだろう。
「その飛んだ部下とやらの外見まで口にして尋ねてみたのだが、どうも知らんらしい。だから、直接入手したわけではないらしいのだよな」
「普段はどう薪を仕入れているのかも聞いたのか?」
「もちろん」
と蛇王は答える。
「大半は本人が郊外の荒野で集めているときいた。なので、念のため、俺はわざわざ早朝の時間帯に燃料拾いを観察に行ったり、店に並ぶ前後に張ってみたりもして確認したぞ。ともあれ、その薪売りの男は完全にシロだ。これ以上情報はその男からは集められんと思う」
「そうか」
と俺は眉根を寄せた。せっかく手がかりをつかんだが、追加の情報は手に入りそうもない。
「その飛んだ部下の男が、香料のありかを方々に散らせてしまったということか。散った香料を探すとなると、わかってはいたがずいぶん難易度が高そうだ。……これは、よりよい返事ができないかもしれんな」
と俺は唸り、顔を上げた。
「まあいい。俺ばかり気に病んでいたのかと思っていたが、貴様も情報を探してくれているのなら、それ以上の成果はなくても責めることもない。俺が疑ったのが悪かった。足労だったな」
俺は素直に蛇王をねぎらうことにする。
「おっと、もう感謝の言葉か? はは、貴様、普段のんびりしているのに、今日はやけにせっかちだな」
蛇王が苦笑した。
「まだ話は終わりではないんだぞ?」
「なんだと? 今の話で、どう続きがあるのだ?」
俺は目を瞬かせて尋ねた。
「その薪売りは、自前で枝や枯れ草などの燃料を仕入れていた”だけ”ではないのだぞ。自分だけで集めては十分な量も集まらんし、効率も悪い。仕入れ先があってしかるべきだ」
む、と俺は唸る。
「それでだ。お前はこうした燃料を集め、商人におさめる仕事をする人物をどんな人物だと予測する?」
「どう、とは。……一般的に考えると、定職のない貧しいものか、老人。家計の足しにと働く女性……、それから」
と、俺はあることに気付いて苦い表情になった。
「そうだ。……先に俺が、かつて白檀の採取の仕事を餓鬼のころにしていたという話をしただろう。薪といっても、重たい樹木を集めるのはなかなか手間だが、……枯れ枝や端材、枯れ草などの小物を集めておさめているものもいるな。……普通、それは子供の仕事だよな?」
蛇王は、俺の反応をうかがうように俺を見上げた。
「では、蛇王、貴様、この事件に子供が絡んでいるというのか?」
俺は真面目に尋ねた。少し動揺した気持ちはあったが、それは表に出さぬようにした。
「絡んでいる、というより、巻き込まれたというのが正しいのではないか?」
蛇王は答える。
「何も知らん小僧にとっては、これはちょっと良い香りのする木材。おさめる燃料がたりなかったので、おさめてしまっただけだろう。日銭を稼がねばならんからな。……問題は、子供にこいつを渡した人物の思惑だ。足がつくのをおそれて、にっちもさっちもいかんので、適当に燃料にできる端材として子供にばらまいてしまったのなら、まだよいのだが……」
「……自分で所在がわからぬよう、散らした香料を後で回収するつもりがある、と言いたいのか?」
俺は蛇王の後を継いだ。
「ありえんことではない。その部下とやらが、コイツの本当の価値を知ってしまったなら、危ない橋を渡ってでも換金するはず。この白檀はかなり質が良い。相当な高級品だ。だが、取り扱っている香料には、こいつより高いものも存在する」
俺は顎を撫でた。
「ということは、その子供の側にも危険があるかもしれん、とこういうことか?」
「そうだ」
といって、蛇王は肩をすくめた。
「あの商人がお前に依頼をしたのは、こういう繊細な対応が必要になるかもしれんことも含めてだろう。どこまで予想がついていたかはわからんが、やつらにはやつらの勘があるからな。俺もそりゃあ子供の相手はやれんことはないが、すべてを穏便に済ませるには、相当気を遣わんとならん。俺はおおざっぱだからな。あまり自信はない」
と、蛇王は苦笑する。
「俺もな、実はそれで今日あたりは、説教覚悟で貴様に会わねばならんなーとおもっていたところだ。なので、ちょうどいい時に出会ったものだな。おかげで、小言も食らわずにすんだし」
奴は軽口をたたく。
「何を呑気なことを言う」
俺は眉根を寄せた。苦々しい顔をしていたと思う。
子供がかかわっているとなるとかなり厄介だ。
いや、縁もゆかりもない者なのだから、捨て置いても構わないのかもしれないのだが、何も知らぬままに巻き込まれていたとすれば、そのままことを暴いただけでは、側をすると不幸な人間を増やしてしまうことになる。
こと、子供となると、胸が痛む。
無関係な子供がそれと知らずにかかわっているのなら、慎重に調べていく必要もありそうだ。役人に突き出せば終わりでもない話になる。
俺は深々とため息をついて唸った。
「ぐぬう、これは、……余計に重たいことになった。参ったな」
「あー。まあ、貴様にそのまま伝えると病むだろうなー、とは思ったが」
と蛇王は他人事のように笑う。
「こうなると仕方がないな。どうせ今日はこのような雷雨。雨がおさまるまで、この廃屋から出られんわけだし、景気よくいただいた香料でも燃やそうではないか。多分、癒されるぞ」
癒し要素が皆無な蛇王にそんなことを言われても、全然癒されそうにないのだが。
しかし、と窓の外を見やる。
窓の外では激しい雨とともに、雷の音がする。けたたましい雷鳴と稲光。
(あと半刻は帰れないんだろうな)
持参した傘ではどうにもなるまい。俺は外に出ることをあきらめる。
「仕方があるまい。……どうせ雨宿りするつもりだったのだ。雷雨がおさまるまで、貴様の知る情報を俺に詳しく話せ」
「良いだろう。暇つぶしになる」
蛇王は、にっと笑うと片頬杖を突く。
なんとなく、蛇王にごまかされて小言を言う機会を失った気もしなくもないのだが。
俺は開き直って、高級かつ上質な香料の発する香りに、ひと時、俗世の悩みを頭の片隅に追いやるのであった。
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