7.恋文は甘く燻る【ラブレター】


 手紙の代筆や代読の仕事は、意外といい内職だ。

 ザファルバーンは比較的識字率は高いが、それでも全員が文字を読み書きできるわけではない。そのため、手紙読み書きの代行は常に需要があるものだ。

 さらにそれが恋文となれば尚更のこと。時に気の利いた詩歌で女子の気を引く必要すらある恋文は、多少の読み書きができたとしてもなかなかに難しいものだ。

 俺も得意ではないが、それなりの文にはまとめられる。

 ありがたいことに代筆の仕事は、長屋の人間経由で近隣の住民から受けることもあり、結構助かっている。


「先生、ありがとうございます」

 夕暮れにやってきた青年に、俺は頼まれていた手紙を渡していた。それほど高い金額ではないのだが、小遣い程度になる金銭をもらい、手紙を渡す。

「これでうまくいくとよいのだが」

「いやあ、先生に頼むといい結果があるって、評判なんスよ。字が丁寧で綺麗だし、文章もなんていうか流れるようでキラキラしていて、女の子からの評判もいいんスよ」

 そういわれると、ちょっと恥ずかしくなってきたが、うまくいくのはよいことだ。

 まあ、そういう俺自身が独り身なので、本当に効果があるのかはわからない。

 むかーし、まだ俺がまだ若造のころ、一度だけ郭の女性に入れあげたことがあるのだが、その時はない頭を使って、ひたすら美文を連ねようとしたものだ。効果があったのかどうかわからないが、それなりに親しくなり、落籍すら考える仲になった後、結局、なかなかに後を引くフラれかたをした。なので、俺には、その辺の自信のほどはないのたけれど。

 ああ、いかん!

 あれは思い出すと三日ほど寝込みそうになるのだ。

 そういうことは心の片隅にまだ封印しておこう。

「ジャキのダンナにそういう才能があるとはねえ」

 と、あくびまじりにいったのは、先ほどまで寝ていたはずの三白眼だ。

 シャー=ルギィズは、道で出会ってから、そのまま俺の部屋に勝手に入り込んでいて、俺が家に帰るとすでに我が物顔で昼寝していたわけだが(鍵をかけたのに、なにゆえ、いつも平然と入ってくるのだろう)。

 そろそろ夕飯の時間、というころになってひょっこりと起きだしてきていた。都合のいいやつである。

「なんだ、その言い草は。大体、代筆や代読の内職は、貴様とて金のないときにやっているではないか」

 この裏表のある男も、いろいろ事情があり、一般人以上の教養は与えられていた。文字の読み書きくらいは余裕である。そんなこともあって、酒場で代筆や代読の仕事を受けて、酒代にあてていることもあるらしい。

「オレは恋文は無理ってば。依頼受けるけど、気の利いた文章は書けないから、相手に口述筆記させた内容をかいてあげたりはするけど、自分では小っ恥ずかしくて書けないの。 アンタの、四行詩とかつきでしょ?」

「まあ、俺の作品というより、典拠のあるものや古典からの引用が多いのだが」

「それよそれ。ロマンチックにまとめ上げちゃってさあ。そんな堅物でこわーい顔してて、恋文書く仕事が務まるとかマジ意外よ。いや、オレなんかはもう付き合い長いから、そりゃあ、アンタがどういう性格かってのはわかるし、夢見がちなヒトってのも知ってるけどさ。あ、字が繊細でうまいのは得だよな。ま、几帳面なアンタは走り書きとかしねえもんな」

 三白眼はそうずらっと感想を述べた後、ふむ、と顎に手を当てた。

「いっそのこと、オレの恋文も代筆してもらおうかなー。気の利いた四行詩でもソッとつけてさあ。お友達価格で、無料でヨロシク」

「貴様は直接言え。ほとんど毎日顔を合わせているんだろうが」

 どうせ相手はリーフィ嬢だろう。今日も昼には酒場に立ち寄ってきているのだ、この男。手紙も自分で書けるくせに。

「そりゃあそうだけどさあ。最近はリーフィちゃんともすっかり落ち着いちゃってさ。いや、友達以上の関係あったことないけど。なんか、オレとリーフィちゃん、いろんなものすっ飛ばして熟年夫婦ぐらいの落ち着きがあるというか。オレ、リーフィちゃんのこと好きなのに、こんなんでいいのかなって、たまに思うわけよ」

 三白眼は俺にその青い目をじっとりと向けてきた。

「正直、もうちょっとまっすぐ想いを伝えたほうがいいのかなーって」

「だから直接言え」

 モヤァとしつつ、俺は言った。

「それに、俺の書いた文章なんぞ、リーフィさんにはまるわかりだぞ。俺とリーフィさんは文通を行う中でもあるからな」

「うわあ、卑怯! 抜け駆けしやがった! オレでも文通したことないのに!」

「俺は貴様らと違って、不埒な下心などないぞ」

 不本意だ。むむっとやつをにらんだところで、ふと、扉がトントンとたたかれた。

「あれ、また来客?」

 顔見知りの来客かとも思ったが、扉のたたき方が優しい。蛇王やネズミなら、もっと激しくたたくだろうし、リーフィ嬢の来訪とも違いそうだ。

 妙な殺気を感じることもないので、俺は玄関の扉を開けた。

「こんばんわ」

 そう声が聞こえたが、一瞬、俺はきょとんとした。目線の先にだれもいない。

「こんばんわ」

 もう一度、下の方からかわいらしい声が聞こえるので、視線をさげるとそこに少年と少女が立っていた。年齢は十にもなっていない。おそらく兄妹だろう。

 夕暮れに子供の来訪。俺は目を瞬かせた。

「こんばんは。こんな夕暮れに、どうしたのだ?」

 どこの子だろうか。長屋の子供は大体俺の寺子屋に通っているので、顔を見知っている。ところが、この二人をみたことがなかった。

「あのね、まあちゃんに、ここにえらい先生がいて、お手紙をかいてくれるってきいたんだ」

 少年の方がやや緊張した様子でそう尋ねた。

「お手紙を書いてほしいの」

 妹の方がそう続けた。

「手紙?」

 俺は聞き返した。まあちゃん、と呼ばれている子供については、なんとなくだが心当たりがある。長屋の子だろう。ということは、この子はその遊び友達で、なんらかで俺のことを聞いてここに来たのか。

「手紙は書いてもよいが、しかし、このような夕暮れ。日が落ちて暗いのに、ご家族は心配していないか?」

 俺はそちらの方が気がかりで尋ねてみる。

「それは、大丈夫」

 兄の方が答えた。正直親がいるのかどうかもわからない。聞いてみるべきかと思ったが、家族の話に触れた途端に兄が固い表情になる様子があった。言いたくないことなのかもしれない。

 俺はとりあえず、兄妹を部屋にあげた。

「では、手早く済ませようと思うが、どのような文を書いてほしいのだ」

 子供のことだ。さほど難しい手紙を書きたいわけでもなかろう。もう暗くなりかかっているので、手早く済ませて帰してやろうと俺は思った。

「あの、こう書いてほしいんです。『おしたいしているあなたを、いつもの場所で、おまちもうしあげています』」

「おっひょー、めっちゃ、恋文ラブレタアじゃん」

 俺が思わず驚いてぐふっとなったところで、三白眼が茶々を入れてきた。

「なになに、みんなすごく若いのに、めちゃ積極的だねえ」

「こら、貴様、茶化すな」

 俺は三白眼にそう注意しつつ、やや困惑気味に二人を見た。

「誰に渡す手紙だろう」

「えっと。その」

 と妹が何か話しそうになった時、兄が言った。

「妹のすきな子にわたしたいんです」

「ほう、妹御の?」

 近頃の子は、ませている。特に女の子は。俺の生徒もそういえばそんなことを言っていた。好きな子に渡す手紙を書けと、女の子にせがまれるというか、絡まれることは珍しくない。出来上がった文章が気に入らないので、書き直せ、とか、かなり激しいダメだしもくらう。

「それでは、準備しよう」

 俺は手元にあった紙を引き出してきて、ペンでさらっと文章を書きつけた。

「差出人などの名前はどうしようか」

「名前は、かかなくてだいじょうぶです」

 匿名の手紙は珍しくはない。まあ、それもそうか、と俺は特に違和感もなく書き上げてそれを封筒に入れると子供に渡した。

「これでよいかな? ほかの文字を読める大人にも確認してもらいなさい」

「はい。ありがとうございます」

 兄の方がそっと懐から巾着袋を手にした。巾着袋から、さらっと乾燥した甘い花の香りがした。

「お代は……」

「なに、大したことも書いていない。今日は報酬はいらないから、暗くなる前におうちに帰りなさい。また、何か書いてほしいことがあったら頼んでくると良い」

「すみません。ありがとうございます」

「ありがと、ございます」

 兄に続いて妹がぺこりと頭を下げる。送っていこうか、という俺に兄妹は大丈夫だと答え、宵闇に落ちる街の中に消えていく。

 俺は彼らが見えなくなるまで、その小さな背中を見送ってから部屋に戻った。

「遅くなったが、そろそろ夕飯にするぞ」

「よろしくおねがいしまーす」

 なんで俺がこいつの飯の面倒を見ているのか、我に返るともやもやするが、もうそこは気にしないことにした。

 もはや、こいつとも腐れ縁の部類かもしれない。

「しかし、恋文か。最近の子供はずいぶん進んでいる」

 しみじみとつぶやきながら、俺は三白眼が寝ている間にすでに作っていた料理を温めなおしていた。

「なんだかあの少年も甘い香りの巾着袋を持っていたが」

「ああ、恋文に香りつけるの、ちょっと流行ってるからさあ」

 と三白眼はいった。

「そうなのか?」

「そうだよ。もともと花街で流行ってたのが、広がってんの。酒場のおねーちゃんとの手紙でも流行りだよ。女の子にお手紙書く時に、さらっと香りを振りまくわけ。封筒開けたらいい感じの香りが漂って、女の子の好感度が爆あがりするの。甘い花の香りなんかがイイらしいから、さっきの子もそういうの準備してんじゃないの?」

 三白眼にそう言われて、なるほど、とうなずく。正直、俺は酒場もリーフィさんのところに行くぐらいで、あとは喫茶店で甘いもの巡りをする程度。そういう岡場所のようなところにも足を向けないので、旦那衆の遊び等知ったことではなかったが。

「香りといえばさ、ダンナの調査、全然進んでないっぽいじゃん」

 う、と俺は詰まった。

「方々手は尽くしているのだが、何せ俺は専門外だからな。もう少し頑張って探してはみる」

「努力家だねえ。俺ならやめてるとこよ」

 三白眼は、くくくと笑って言った。そんな彼に俺は思い出して尋ねる。

「そういえば、蛇王へびおを最近見かけていない。部屋に帰っているふうであるが、時間が合わぬのか顔もあわせていないのだ。お前はしらないか?」

 そう尋ねると、やつはきょとんとした。

「蛇王さん? 蛇王さんなら、昼に酒場で俺と一緒に飯食ってたよ」

「なんだとおっ!」

 奴め。俺が一生懸命働いているときに、三白眼と遊んでいるのか!

 蛇王に対するいら立ちがつのるが、三白眼は楽しそうに笑った。

「まあまあ、そんな怒んないでさあ。蛇王さんは蛇王さんなりに、なんか調べてるかもしれないじゃん。あの人何考えてんのか、わかんないけど」

 そういいつつ、彼は続ける。

「そんなに気になるなら、蛇王さんに恋文でも書いてみたらどうなのさ。さっきの子みたいに、いつもの場所で、あなたをお待ち申し上げております、みたいな」

「それはいいな」

 俺は思わず唇を引きつらせた。

「だが、俺がアイツにそのような文をかくとすると、果たし状になること請け合いだ。そう、俺ならこう書くぞ! お慕いしているから、夜の井戸端で待っている! 首を洗って来いとなあ!」

「わー、怖い。まあ相手が蛇王さんだからねえ。そもそもお手紙受け取ってくれなさそう」

 三白眼はそういっておどけるが、俺は夕飯の支度をしつつ心穏やかではなかった。

 あの男、一体、何をしているのか。

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