5.ネズミは宝石を供す【琥珀糖】


「また厄介な仕事に巻き込まれてんだな、ダンナ」

 目の前に座っているのはまるで少年のような顔立ちの男。彼が妙にニヤついていた。

 目の前にいるのは、ゼダと名乗る旧知の青年だ。あどけない少年のようなかわいい顔立ちに加え、そもそも小柄な彼は、好物のナッツ類をつまみながら俺をみてさも面白そうに笑う。一度頬に詰め込んでから咀嚼するのは、砂漠にすむ小さなもさもさのネズミか、尻尾がふっさりしたリスのようであるのだが、そんなかわいらしさと裏腹にこの男の目は据わっている。

(不良ネズミが……)

 喫茶店チャイハナの一角で、茶を飲んでいた。俺はあの一件で、リーフィさんの勧めもあり、彼の協力を要請することにしたのだ。そして、ゼダに指定されたのは、この店であった。

「坊ちゃん、例のものが用意できますよ。お出ししますか?」

 やってきた年嵩の紳士風の店員が、彼にそう声をかける。

「お、ありがとうな。準備してくれ」

 彼はそういうと、俺の方を見た。

「例のもの?」

「そうそう。東方のお菓子でめずらしい菓子があってさ。仕入れてみたんだ。ダンナ、ちょうど良い時に来たよな」

 彼ですはそういうと、話を戻した。

「んでもさあ。本当、アンタも苦労性だなあ。そんな無茶ぶりな仕事受けなきゃいいのに」

 なんとかいいながら、このネズミ青年の俺を見る目は、明らかに面白がっている。

 俺のことを面白いおもちゃとしか絶対思っていない。なんだか腹が立つ。

「そうはいっても、いろいろつながりもあることだからな。俺は流浪の身ゆえ、ああいう商人の組合に財物を預けたりすることもあるから、依頼を軽々しく断れん」

「ああ、そういうの、あるよな。うちの実家もやってるぜ。なんだっけ、輸送費や保管費払って、旅先に持ってきてもらったりもするんだよな」

「そうだ。なにぶん不安定な身の上ゆえ、そういうしっかりした第三者と契約して任せる方が、安心でな。雇い主との関係もいつ悪化するかわからんし、明日、どこに流れるかもわからぬし。まあ、言うなれば、銀行というやつだな」

「へえ、なるほどな。ダンナは金借りなさそうなのに、なんでそんなとこと繋がるんだろうと思ったけど、色々あるんだな」

 ネズミは、俺を見上げて素直に頷く。

 そういうところは子供っぽくてかわいらしい。

 不良ではあるが、一応、カタギの部類ではある彼は、俺のような流れ者の実情に深い興味があるらしく、そういう話をしてやると少年のように目をキラキラさせて大人しく話を聞く。

「俺も将来、そういう商売しようかなー。考えとくぜ」

 この男、こう見えて、王都でも有数の豪商の御曹司である。

 ただ、複雑な家庭環境により、実家との関係は最悪なものであるらしく、正式な後継者でありながらも、普段はこうして街で遊んでいる。といっても、いくつか店を持ってはいると聞いた。俺と話しているこの店も、ネズミが金を出しているようで、店主らしい人物は、彼を坊ちゃんと呼んでいた。

 明るい色の上着を肩からだらしなく、しかし、やけに粋に羽織り煙管をふかしたりしているのは、この童顔にはいささか似合わないように思うのだが、その違和感を含めて、彼はきっちりと伊達男の気配にまとめあげていい男感を漂わせている。

 この不良青年ぶりは、俺としては好ましく思わないのだが、どうやら女性にとっては魅力的に映るらしいのだ。

 もちろん潤沢に金があることや、出し惜しみをしないこともあるのだろうが、その振る舞いもあって、何かとモテるので花街でそこそこ浮名を流しているという話をきく。

 それについては、まったく不埒極まりないと、俺は常々苦々しく思っている。

 俺としてはその生活態度をしばしば注意しているのだが、果たして響いているかどうかはあやしいものだ。説教しても、右から左に聞き流されている気がする。

 そして、この不良御曹司には、ちょっと奇妙なクセがあり、普段は外見のまま、おとなしい青年を演じていることがある。側近の青年を影武者に立ててお坊ちゃんのフリをさせ、自分はその穏やかな側近のフリをする。彼曰く、自分の舐められがちな外見を活用して相手を油断させるための術だというのだが。

(その手法、花街でも使っているだろう)

 概して人間というものは、初めの印象と落差の激しい印象をもつものが記憶に残りやすい。穏やかで気の弱い可愛い小動物のような男が、優しさはそのまま漢気のある伊達男の態度を取るのだ。絶対、有利に決まっている。

(ま。その割には、こやつ、やり方が雑ではあるのだがな)

 俺に言わせれば、ネズミの二重生活はやや詰めが甘い。

 俺くらいの経験があれば、その目を見れば、ただのおっとりした青年でないのはすぐに分かろうものだし、すぐに尻尾を出してしまう。

 まあ、おとなしいフリしている時も、やたら粋がった伊達男の服装なのだし、そもそも真剣に隠すつもりもないのかもしれない。

「あ、で、アンタ、俺に何をききたいんだ? リーフィのススメで俺にも話をしに来たんだよな? 確かに香料の取り扱い、実家はしてるんだけどさ。リーフィはなんて言ってた?」

 ネズミはそう声をかけてきた。俺は頷いた。

「うむ。リーフィさんに聞いたところ、盗まれた香料が、そのまま香料として扱われるなら、薬草などの取り扱いがあるような専門店にいく可能性があるという。そこは、リーフィさんが行きつけの店をそれとなく当たってくれるそうだ。しかし、高価な香料と気づかれていないなら、専門店に回っているとも限らないらしく」

「うーん、そうだよな。リーフィのいうのであってると思う」

 ネズミもリーフィ嬢に絶大な信頼があるらしい。

「でもよ、その隊商二人、うっすら聞いたことあるけど、狐目のやつ、相当なやり手じゃねえか。てことは、心当たりそうなところ、すでに探してそうだぜ」

 ゼダは大きな目を瞬かせた。

「しかし、手がかりが見つからなかった、ということは、余所者の隊商では入り込めないところに情報があるのではないかと。俺もリーフィさんもそこは同意見だ」

 俺は言った。

「そこで、お前の実家に頼るようで申し訳ないが、実家が王都に根ざしている商家のお前なら何か別の情報があるのでは? と思っていてな」

「それはあるかもな。俺んとこも厳密には地元民じゃねえけど、流石に付き合い長いし、深いからさ」

 ゼダは快く頷いた。

「確かに、地元の奴らだけの情報ってのもあるから。うん、実家にも俺に協力的な奴もいるから、情報取れると思う。探り入れてもらうぜ」

「悪いな」

「いいって。ダンナの話聞いてると、俺も暇しねえしさ。うん、それぐらい協力させてくれよ」

 このネズミ、根性の悪いところもあるし、人のことをからかって遊んでくるし、遊び人で不埒な男ではあるが、基本的に性格は悪くはないと思っている。

 本来は良い子だったのだろうが、複雑な家庭の事情も相まってひねくれてしまったのだろう。

 そういうかわいらしい一面が時折顔をのぞかせるので、俺もこのネズミがいつの間にか部屋にいても追い出すのもかわいそうかな、と思ってしまうことがあるのだ。

 いや、それも計略の可能性もあるのだけれど。

「お待たせしました。坊ちゃん、これがご所望のものです」

「おお、ありがとうな」

 と、先ほどの店員が戻ってきて、俺とネズミの前に皿を置いた。

「おお、これは?」

 目の前に置かれた白い皿には、色のついた半透明の四角いものが置かれている。

 この辺りで振る舞われる菓子のロクムにも似ているが、もっと透明感が強かった。特に透き通った琥珀色のものが目につく。

「これは珍しいものだな?」

 ネズミが得意げになる。

「えへへ。こいつは琥珀糖っていうやつでさ。東方からの商人が製法を持ち込んだ菓子なんだ。涼しげで綺麗だろ。この琥珀色のやつが元みたいなんだが、ここの店主に依頼して別の色も作ってもらってんだ」

 ネズミは赤いものを一つ手にした。

「これは薔薇を入れてみてて。こっちの紫っぽいのは葡萄とか。もっとも、手に入らねえ材料もあるみてえだし、これが琥珀糖ってのを正確に再現できてんのかは謎だけど」

 と、ゼダはくるくると手のひらで菓子を回してみる。

「でも、砂糖でできていて、結構美味くてさ。で、甘党のダンナに是非味見してほしくてな」

 そんなかわいいことを言われると、嬉しくなってしまう。そして、普通に美味そうだ。恥ずかしいが、俺は甘味には目がない。

「ひ、ひとつ、いただいても良いだろうか」

「一つとは言わず、全部、食ってもいいぜ」

 あまりがっつくのは恥だが、ついつい見た目の楽しさに心が踊る。

 ひとつ摘んで口に入れると、パリッと軽い音がして表面が割れ、中はとろりと柔らかい。柔らかで上品な甘味が広がり、苦めの茶を一口飲むとちょうど良くおちつく。これは、ホッとする。

「これは、美味だな」

 素直に感想を述べると、ゼダがにやーっとした。

「琥珀糖という名も美しい。名の通りの上品な菓子だ。それに透き通っていて涼しげなのも良いな」

「へへっ、それはよかった。もっと食べてもいいぜ」

 と、じーっと見てくる。なんだか年下のネズミに餌付けされている感じで、むむっとするのだが、とはいえ甘味を味わいたい気持ちもある。

「いや、この菓子、アンタは知ってるかなと思ったんだよな。昔、貴族やリオルダーナの王族に雇われてたりとかもしたってきいたし」

「まあな。その時は確かに珍しいものを振る舞われることもあり、見聞は広まったが、これは知らなかったな。良いものをいただいた」

「そうかー。喜んでくれると嬉しいぜ」

 茶を啜って、俺を見ていたネズミがふと言った。

「なんか、アンタがこの依頼持ち込まれた理由わかる気がするぜ」

「何がだ?」

「いや、アンタが無茶振りしやすいお人よしってのはあるんだけどさ、他に理由も、なんかわかるわ」

 俺は目を瞬かせた。

「確かにアイード殿やリーフィさんにも、そのようなことは遠回しに言われたのだが」

 からかわれるのか、と構えたが、ネズミは意外にまじめだった。頬杖をついて彼は俺を見上げた。

「ダンナって第三者だろ? 地元の商人じゃなく、余所者の商人でもなく、武芸者だけどどっかに属するならずものじゃないよな」

「今はどこにも雇われてもいないし、ヤクザものに雇われるつもりはないからな。用心棒などしても、ろくな目にあわん」

「うん。だから、比較的穏便に済みそうだなーって。繋がりある奴だと大変なんだよ、結局、縄張りの話とかになってさ」

「それはそうかとしれん」

「しかも、ダンナ、貴族のお偉方と繋がってたことあるんだろ? そういう人材、なかなかないと思うぜ」

 ネズミのゼダは、あどけない顔で言った。

「アンタしか知らない情報網や着眼点ありそうだしさ。後、キレて暴れたりさえしなきゃ、ダンナは、基本的には事をあんまり荒立てすぎないようにするだろ」

 うん、と彼は頷いた。

「俺の勘だけど、確かにこの事件、ダンナが適役なんじゃあないかな。蛇王さんはもうちょい大味だし」

「そうであろうか」

 しかし、俺は本当に香料には門外漢なのだ。数日関わって感じたことは、野生の勘でなんでも解決できそうな蛇王の方がまだ適しているのでは、と思うぐらい。

 俺では、手元の赤い琥珀糖の微かな薔薇の香りとて、言われなければ気づかない。

 きっと蛇王なら気づいただろう。

「でも、蛇王さんより、ダンナのが繊細だろ。琥珀糖の味わいみたいなもんで、多分繊細な方が適任な仕事なんじゃない?」

「そういうものか?」

「そうだって。俺のただの勘だけどさ」 

 ネズミは自信満々だ。

「そういう繊細な判断がいるかもしれない事件の可能性があるんじゃないか? それで例の商人もアンタに振ったんだと思うんだよな。俺も一応、商人のハシクレだし、わかる気がするぜ」

 ネズミはそういうが、果たしてどうだろうか。

 ここは考えすぎる俺よりも、蛇王に野性の勘で解決してほしいところなのだけれど。

 と、俺はふと思い出した。

(そういえば、蛇王のやつ。顔をしばらく合わせていないな)

 今更、気づいたが、蛇王のやつ、この仕事が決まってからしばらく姿を見ない。部屋には帰っているようだが、俺とはてんであわないのだ。

 あの男、俺に仕事を押し付けて、一体何をしているのか。

「ダンナ、気に入ったら、その琥珀糖包んでやるよ。蛇王さんと食べて」

 ネズミのそういう申し出に、なんだか蛇王に腹が立ってきていた俺は、この琥珀糖、独り占めしても、バチは当たらないのではないかと思うのだった。

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