第5話 息抜き

「――川中島さんごめん。待たせたか?」

「いいえ、今来たところだから気にしないで」


 週末。

 この日の俺は午前9時50分現在とある遊園地のゲート前を訪れている。

 先日の半密室謎解きのお礼として「息抜きにどうかしら?」と川中島さんから誘われ、特にスケジュールのない暇人としては断る理由がなかったので、たった今現地の集合場所にやってきたという経緯だ。


「ふぅ……そいつは良かったよ」

「ふふ。そもそもまだ10分前だもの。何も悪く思う必要はないわ」


 朗らかに微笑む川中島さんは、著名人ゆえに帽子、マスク、サングラスで変装していた。でも不審者スタイルじゃなくて、きちんとファッションとしてキマっているデザインで、お洒落に整っているのはさすがだと思う。

 全体的な印象としては、露出の少ないパンツルックである。


「おはようございます、田島様」


 そして、川中島さんの隣には銀髪メイドのシフォンさんも居た。

 とはいえ、さすがにメイド服じゃない。

 川中島さんと似たようなカジュアルなパンツルックだ。


「時にお嬢様、わたくしを同行させてしまって本当によろしかったのでしょうか?」

「な、何が言いたいのかしら?」

「(……本当はわたくしを留守番させて田島様と2人きりで遊びたかったのは明白でありますが2人きりだと色々と露骨ゆえにわたくしというメイン盾を用意して本日の外出がデートではないという大義名分を保持する意味合いで連れて来たのは理解していますが本当にそれでよろしかったのでしょうか?)」

「ああああああああああああああああああ!!!」


 シフォンさんに何事かを囁かれた川中島さんが急に叫び出している……。


「だ、黙りなさいシフォン! 私は単にあなたとも遊びたかっただけよ!」

「へえ、左様でありますか。ならわたくしが田島様にこういうことをしてもよろしいのですよね?」


 と言って、シフォンさんが急に俺の腕をぎゅっと抱き締めてきたのはなんなんですかね……。


「ああああああああああああああ!!!」


 川中島さんがまたご乱心。


「ふふ、なんですかお嬢様? 別にいいじゃありませんか。ね、田島様も綺麗なお姉さんにくっつかれて良い気分でございましょう?」


 ……この茶番は一体なんのために繰り広げられているのか。


「私もやるわ!!!!」


 なぜか対抗心を燃やした川中島さんがシフォンさんの反対側を陣取り俺は板挟み。

 マジでなんなのこれ……。


「行くわよ!!!」


 ……こうして謎のサンドイッチ状態で遊園地の中へ。

 なんでこんなことになっているのか分かる名探偵の皆さん、至急俺に連絡ください……。


「ふぅ、たまにはパーッと遊ぶのもいいわね」


 ジェットコースターを何周もしてお昼を迎えた。

 多少げっそり気味の俺だが、確かにたまにはこういうのもいい。

 頭を使わない休息って大事だ。

 3人で園内のレストランに入って、甘味系で腹を満たす。

 川中島さんはパフェとパンケーキとクレープを食べていてご満悦。


「おいちい♡」

「お嬢様、最近お風呂上がりのお腹が三段になっているのを見ましたので、色々気を付けた方がよろしいかと」

「――さ、三段になんかなってないわよ!!」


 慌てたようにそう言って、川中島さんはなぜか涙目で俺を見つめてくる。


「ほ、ホントよ! ホントに私三段腹じゃないからね!!」

「あぁうん、分かってるよ」


 川中島さんは三段腹の持ち主には見えない。

 でもスタイルは健康的なグラビアアイドルみたいな感じだから、恐らく脂肪量は多め。


「田島様は細身の女子とお嬢様のような太ましい女子でしたら、どちらがお好きですか?」

「太ましくないわよ!!」

「俺は細身よりは太い方が好きです」

「えっ!!」

「細い、太い、をどれくらいの区分で分けるのかは主観が強すぎるんですけど、たとえばファッションモデル的な女性の身体は綺麗だとは思いますが俺にとっては細すぎます。それこそ、川中島さんくらいがちょうどいいのかなと」

「だそうですよ、お嬢様」

「う、嬉しくなんかないわ……!」


 そう言ってニヤニヤとパンケーキをモグモグしているのは一体どういう感情なんだろうか……。


「時に田島様、あなた様はお嬢様の推理に尽力していただいているわけですが、その特筆すべき推理力はどこで身に付けたモノでいらっしゃるのでしょう?」

「あ……私も気になっていたわ」

「いや、それはだからミステリ小説を読みまくってただけだし」

「……それだけで身に付くモノかしら?」

「そんなもんだよ。逆に川中島さんが探偵やってる理由とか俺は気になるんだけど」


 川中島さんとは高校で出会った。

 その頃にはもう美少女探偵として名が知れていた。

 そこに行き着くまでの流れを俺は知らない。


「私は家系が代々警察の上層部関係者でね。事件やら事故やら、その手の情報が小さい頃から身近にあったの。もちろん詳細は見れなかったけど、概要だけお爺様から聞いたりして、そこからどういう事件なのか想像したり、犯人を推理してみたり、まぁ、探偵の真似事みたいなことを小さい頃からやっていたわけよ」

「じゃあそういう遊びが高じて?」

「そういうことね。ある事件を推理してお爺様にアドバイスしてみたら、それがズバリ真相そのもので、警察関係者のあいだで話題になったのよ。それがなんだか凄く嬉しくて脳汁ドバドバだったから、探偵って最高の仕事なんじゃないか、って思ったの」


 要するに推理を的中させた気持ち良さが忘れられなかったらしい。

 だから川中島さんは探偵になった。

 まあ分かる。

 俺も謎を紐解く気持ち良さが好きでミステリにハマったから。


「しかし最近は田島様に頼りすぎていて、自らの推理で脳汁ぴゅっぴゅが出来ていないようですね?」

「うるさいわね。田島くんの推理は私の推理、私の推理は私の推理よ」


 ジャイアニズムかな?

 でも実際、川中島さんの情報の伝え方や出し方がいいから、真相にたどり着きやすいっていうのはある。

 今後も仲良くやっていきたいところだ。


「――じゃあね田島くん、今日は楽しかったわ」


 やがてお腹を満たして午後から再び遊びほうけ、夕方を迎えたところで現地解散の時間がやってきた。


「俺も楽しかったよ。お金全部出してもらって、ちょっと悪いなって思うくらいで」

「気にしないでちょうだい。お礼なんだから」

「時にお嬢様、せっかく勝負下着を身に付けておいでなすったにもかかわらずこのまま解散でよろし――」

「――だ、黙りなさい!」


 川中島さんがまたなんだかご乱心のようだった。

 なんの勝負に出ようとしてたんだか。


「こ、こほん……とにかくまた明日には学校が始まるのだし、早く帰って休むべきだわ。そういうことでまたね、田島くん」

「ああ。またな川中島さん」


 俺は最寄りの駅へ歩いて向かう。

 川中島さんはシフォンさんが運転する車でここまで来たらしい。


 さてと……英気は養えた。

 ほんと、たまにはこういう1日も大事だよな。

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隣の席の美少女名探偵にボソッとアドバイスして解決に導いていたらなんだか懐かれ始めてます 神里大和@書籍発売中 @siratakioisii

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