第4話 野球野球競馬
「謎だわ……」
とある昼休みのことだ。
いつものようにクソデカメロンパンを囓っている美少女探偵・川中島さんがタブレットとにらめっこしている。
どうやら毎度の如く難解な依頼と向き合っているらしい。
「川中島さん、相談乗ろうか?」
「あ、ええ……お願い出来る?」
「もちろん」
「じゃあこれはあくまで独り言なのだけど……」
いつもの前置きをしつつ、川中島さんは窓の方を向いた。
「今回の依頼はね、警察から頂いたモノよ。内容としては、とあるマンションで発生した殺人事件の犯人を推理して欲しい、というもの」
真っ当なフーダニットだろうか。
ここのところ妙な問題が続いていたからちょうどいい。
「事件の概要としては、とある部屋で1人暮らし中だった20代の男性が、休日の昼間に何者かに胸を包丁でひと突きされて殺されていたというもの。争った形跡はナシ。包丁に指紋がなかったのが犯人を分かりづらくしているし、事件発覚当時、その部屋は半密室と呼ぶべき状態だったのも事件を難解化させているみたいね」
「半密室?」
「玄関のドアは鍵が閉まっていたけど、唯一の窓であるベランダは全開だったらしいわ。でもその部屋は3階にあるから、そのベランダが犯人の侵入経路になるかと言われると微妙なのよ」
「なるほど」
ゆえに半密室。
完全な密室ではないにせよ、密室に近い状態ではあったらしい。
「で、容疑者は一応3人まで絞り込むことが出来ているそうよ。全員アリバイは不十分」
「ぜひその3人について教えてくれ」
「もちろんよ。1人目は大家の
プロ野球に居そうな名前だ。
「彼女が怪しまれている理由は、大家ゆえに合い鍵を持っていることが挙げられるわ。現場が半密室である以上、その状況を作れる人物が怪しいのよ。しかも山田さんからすれば被害者の男性はトラブル持ちの住人だったらしくて、殺す動機があったのよ」
「トラブルってどんな?」
「騒音よ。被害者の男性は若いだけあってうるさい私生活だったみたいでね、山田さんが何度注意しても改善されなかったらしいわ」
「騒音か……なら隣人も殺す動機を持っているんじゃないか?」
「ええ、だから容疑者の2人目は隣人よ。名前は大谷翔子さん」
また野球選手に居そうな名前。
「田島くんが言ってくれた通り、大谷さんは騒音の被害をモロに受けていた人よ。被害者は角部屋だから、隣人は大谷さんだけ。それこそ大家の山田さんに注意するように苦情を入れていたそうでね。その苦情があまり効き目がなかった以上、殺す動機は充分。隣人の大谷さんなら、ベランダから侵入することも可能かもしれないしね」
「……そういえばベランダの構造ってどうなってるんだ?」
「一畳ほどのスペースがあるわ。隣人とは地続き。仕切りはあるけどね」
「あぁ、緊急時にその仕切りをぶち破ってお隣へ避難出来るタイプか」
「それよ」
「ちなみに仕切りは無傷なのか?」
「無傷よ。壊された形跡はなし」
「仕切りを無視して隣のベランダに移ることは可能か? アスレチックみたいに」
「やろうと思えば余裕で出来る構造だけど、お向かいに監視カメラがあってね、その映像記録を確認した限り、死亡推定時刻にそういう不審な動きをした人物は確認出来なかったらしいわ。その前後の時間帯にもね」
……なるほど。
「でも仮に大谷さんが騒音被害を動機に殺人を犯したんだとすれば、身勝手なのよね」
「……と言うと?」
「大谷さんはDIYが趣味で、彼女自身もドリルとかで結構な物音を立てて生活していたみたいなの」
「へえ……」
趣味がDIYか。
なるほど……。
「で、最後、3人目の容疑者は
急に競馬要素。
「武さんは被害者男性のカノジョだそうでね、合い鍵を持っているのよ。しかも被害者が最近浮気をしていたらしくて、武さんはそれを知っていたそうよ」
「殺す動機としては、まぁ充分だな」
「以上の3名が容疑者として絞り込まれているみたい。最初に伝えた通りアリバイは全員不十分。3人とも怪しい状態なわけよ」
「なるほどな……」
「どうかしら? ここまでの話を聞いただけでもう犯人が分かっていたりする?」
問われたので、俺は頷いた。
「逆にここまでの情報で分からない川中島さんってなんなんだ?」
「むっ……」
川中島さんが頬を膨らませ始めている。
「わ、分からないなりに推理はしているし、答えも導き出しているわ」
「じゃあ川中島さん的には誰が犯人なんだ?」
たまには川中島さんの推理を聞かせてもらおうじゃないか。
「私としては……大谷翔子さんが犯人だと思っているわ」
「DIYが趣味の隣人だな」
「ええ、やっぱり大谷さんが一番犯行しやすいと思うのよ……騒音という心理的苦痛を受けていたことを考えても、一番被害者を憎んでいるのは彼女だと思うから」
「でも彼女は合い鍵を持ってないから半密室を作るのが難しい。ベランダから出入りすれば作れるものの、お向かいの監視カメラを見る限りベランダを強引に伝った形跡はなかったんだろ?」
「だから、私はDIY能力を駆使したんだと思っているわ」
川中島さんは自信ありげに呟く。
「きっとベランダの仕切りを取り外したのよ。そしてベランダの手すり壁から身体が出ないようにしゃがんで移動して、開いている窓から侵入。これなら監視カメラに映らずに被害者の部屋に行けるでしょう?」
「なるほどな。――でもそれは違うよ」
「ど、どうして……っ」
「仕切りを取り外す作業をしたなら、恐らくカメラに映るはずなんだ。百歩譲って手すり壁に遮られて見えなくなってる仕切りの下方だけ取り外して移動したんだとしても、その犯行手段には重大な欠陥がある」
「……それって?」
「さすがに被害者が気付くだろ、ってことさ」
仕切りを取り外す音や様子、気配に被害者が気付かない、なんてことはさすがにありえないと思う。
「犯行時刻は休日の昼間って言ってたよな? なら被害者はバリバリ起きてたはずだし、そもそもベランダの窓は開いてたんだろ? だったら尚更仕切りを取り外す物音を察せないわけがない」
「た、確かに……」
「被害者がヘッドホンで集中していたり、寝ていた可能性もあるけど、そういう不確定要素が大谷さんにラッキーな形で転がった場合にのみ、犯行は成り立つ。仮に川中島さんが誰かを殺そうとした場合、そんな運任せのやり方するか? しなくない?」
「そ、そうね……しないと思うわ」
「だからその推理は違うんだよ」
「じゃあ……真打ちをお願い」
俺の推理を聞かせろ、ということらしい。
じゃあサクッと行きますか。
「この事件の鍵となるのは、被害者が心臓をひと突きにされていた、って部分。合わせて重要なのは、川中島さんが最初に言っていた『争った形跡はナシ』ってこと」
この事件は恐らく被害者があっさり殺されている。
刺される直前まで、被害者は犯人に対して無防備を晒していたと思う。
だから争った形跡が生まれるまでもなく、被害者は命尽きたのだ。
「その点で言えば、大谷さんは一番怪しいけど一番ありえない犯人なんだよ。騒音問題で因縁のある大谷さんが訪ねてきた場合、被害者は確実に抵抗するから」
「言われてみれば……」
「だから逆に考えるんだ。被害者が無防備を晒す相手として有力なのは――」
「カノジョの武豊子」
「だと思うだろうけど、俺的には大家の山田哲子さん」
「えっ、どうして……?」
「被害者は浮気してたんだろ? じゃあカノジョの武さんが急に訪ねてきたら身構える部分があるはず」
「あ、そうよね……」
「その点、大家の山田哲子さんは還暦過ぎのお婆さんだろ? 被害者は20代の男性ってことだし、大家の婆さんを身体的な危害という点で恐れる要素がない。――でもそれが盲点だった」
被害者はその驕りゆえに騒音問題を抱えるお婆さん大家からあっさりと刺され、殺された。
そして大家の山田さんは玄関を合い鍵で閉めて、半密室を作った。
ベランダの窓を閉めなかったのは恐らくわざとだ。
多分、大谷さんに疑惑の目を向けるための偽装工作。
DIYでうるさくしている大谷さんも、大家の山田さんからすれば厄介な住人だったんだろう。
だから罪を被せられるなら、それは願ったり叶ったりだったんじゃないかと思う。
「な、なるほど……じゃあ私はまんまと山田さんのミスリードに引っかかっていたのね……」
「その通り。探偵失格」
「うぅ……」
「まぁでも、この手の依頼がバンバン舞い込んでくる人望は凄いと思うし、落ち込むことないよ」
「ほ、褒められているのかどうか分からないけれど……今回の推理も、いつも通りに私が使わせてもらっても……?」
「いいけど、もし間違ってても――」
「分かってるわっ。大丈夫!」
「ならどうぞご自由に」
そんなこんなで、このお昼も謎解きが終わったのである。
※
後日――川中島さんによれば俺の推理はズバリ完璧な解答だったらしい。
そりゃそうだ、アレ以外に正答なんてありえない。
『――あの美少女探偵がまたまたお手柄です』
そんなある日のニュース番組で、川中島さんがまた警察から表彰されていることを知った。
時系列的に、今回の謎解きに対する表彰だな。
「この人マジですごいよね。おにいも何か一芸身に付けた方がいいんじゃない?」
夕飯を食べながら妹がそんなことを言ってくる。
あのなぁ妹よ……お前がすごいって言ってるその人、お兄ちゃんがすごくしてるんだからね?
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