第3話 女心は身勝手
「うーーーーーーーーーーーーーん」
週明けの昼休み。
隣の席から聞こえてきたのは、美少女探偵こと川中島さんの唸り声だ。
どうやらまた何か難解な依頼を紐解いているらしい。
「よければアドバイスしようか?」
ミステリ好きの俺は毎度の如く話を持ちかけた。
どこで買っているのか分からないクソデカメロンパンを咀嚼中の川中島さんは、タブレットから視線を上げつつ、
「じゃあ……お願い出来る? あくまで独り言を聞いてもらうだけだけど」
「OK、独り言な」
守秘義務を強引にぶち破るグレーなやり方。
グレーっていうかほぼクロだけど、ご愛嬌ということで。
「今回の依頼は一般の方から頂いたモノでね」
川中島さんが窓の外に目を向けながら話し始める。
「依頼内容としては、恋人の自殺理由を推察して欲しい、というモノよ」
「……遺書がなかったのか?」
「そうみたい。依頼者は20代の男性で、同棲中の部屋の浴室でカノジョさんが手首を切って亡くなっていたそうよ。水を張った浴槽に浸かる形でね」
「シチュエーションだけ訊けばよくある話だな。……2人の仲は良好だったのか?」
「疑いようもなく良好だったみたいよ。事故か事件か判断するために警察の捜査が入っているんだけど、警察の知人によれば色々な聞き取り調査の結果、2人は超が付くほどラブラブな関係だった、とのことよ。いいわね、羨ましい」
ジトッ、と俺に据わった眼差しを向けてくるのはなんなんですかね……。
「ともあれ、そういうわけだから『痴話喧嘩の末に勢いで自殺した』とかではなさそうなのよ」
「仲の良いパートナーが居るのに自殺か……なんだろう、仲が良いからこそ言いにくい隠し事があったとか? たとえば莫大な借金が、とか」
「借金はなかったみたい」
「そうか……ちなみにカノジョさんは学生? 社会人?」
「社会人よ」
「なら仕事や人間関係で鬱になった、鬱じゃなくてもその手の精神疾患を煩っていて、発作的に自殺した可能性はどうだ?」
「体調に関しては、精神面含めてすこぶる良好だったみたいなのよね」
「……ってことは、表面上自殺するような人じゃなかったんだな」
借金があるわけじゃなく、仕事や人間関係で苦しんでいたわけでもない。
彼氏とはラブラブ。
にもかかわらず、遺書すら遺さず自殺した。
「闇が深いな」
「でしょ? シンプルに難解な謎なのよ」
「とりあえずもっと情報が欲しい。自殺したカノジョさんの死亡時の状況を詳しく教えてくれないか? そこにヒントがあるかもしれない。水を張った浴槽で手首を切ったこと以外で、何か変わった点は?」
「服を着ていたみたいね」
「どんな?」
「依頼者のスウェットだったそうよ」
依頼者……つまり彼氏のスウェットを着ていたのか。
「それと、依頼者と一緒に寝ていたベッドの掛け布団や、ツーショット写真を入れたロケットペンダントも浴槽の中に持ち込んでいたみたい」
スウェットに続いて彼氏関連の物品か……。
果たしてその持ち込みにどんな意味があるんだろうか。
俺としてはなんだか、彼氏との思い出を噛み締めるかのような行動に思える。
「あと、さっき体調は精神面含めて良好って伝えたけど、占いとかそういうスピリチュアルな方向に傾倒していた部分はあったらしいわ」
「スピリチュアルか……女子は好きだよな。俺は嫌いだ」
「どうして?」
「B型だから」
スピリチュアル方面におけるB型の扱いが嫌いだ。
マイペースで自己中なイメージってどこから来てるんだろうな。
人間なんて大体全員マイペースに生きてると思うんですが。
さておき……、
「スピリチュアルな方向に傾倒してる、って言うなら、ちょっと見えてきた部分はあるな」
「ホントに?」
「ああ。多分カノジョさんにとって自殺はポジティブな行動だったように思える」
「ポジティブ? ……依頼者の物品を浴槽に持ち込んで命を絶ったんだから、むしろ他人が察することの出来ないつらい悩みを抱えていて、依頼者に縋る想いでネガティブに自殺を行った、と考えるのが普通じゃない?」
「俺はそうは思わない。仮にネガティブな理由で自殺したんだとすれば、それこそ遺書を遺さなかった理由が分からない。ネガティブな理由による自殺っていうのは、その人にとって最後の意思発露手段なんだよ。恨みやつらみを書き連ねずに死ぬのはありえないと思うし、そもそもネガティブな理由だったらさすがに彼氏さんが察してると思うんだ」
「言われてみれば確かにね……でもじゃあ、田島くん的にはどういう考えなの? ポジティブな自殺って一体どういうこと……?」
「俺の考えはこうだよ」
俺は一拍あけてからこう告げた。
「――彼氏との幸せな時間を自分の中で永遠にするための自殺」
「……予想外な方向から来たわね」
「そうか? 好きな相手を殺して『これであなたは私のモノ♡』って意思表示するサイコパスがたまに居るだろ? 要するにそれの逆バージョンだ」
カノジョさんは自分を殺すことで、彼氏さんとの幸せな時間を自分の中で永遠のモノとして確立させたんだと思う。
スピリチュアルに傾倒していたなら、ありえないとは言えないはずだ。
彼氏さんの物品に包まれながら命を絶ったのも、そんな儀式感を漂わせている。
「うーん、どうかしら……さすがにこじつけじゃない?」
「一応根拠はあるんだよ。それこそ、遺書を遺してないのがミソ」
「……どういうこと?」
「丑の刻参りってあるだろ? 深夜に藁人形に釘を刺すヤツ。アレって他人に見られたらダメなルールなんだよ。呪いが自分に跳ね返ってくるから。実際に呪いがあるかどうかは別にしてな」
「それが……?」
「丑の刻参りに限った話じゃないが、そういうまじないごとには他人に見られたり知られたらダメ、っていうルールが制定されてる場合が多い、ってこと」
そこまで告げると、川中島さんはハッとしていた。
「あ……じゃあひょっとして……」
「そう。カノジョさんが今回やったのはある種のまじない、儀式なわけで、例に漏れず他人に知られてはならないルールがあったとしても不思議じゃない」
だから遺書を遺さずに黙って逝くしかなかった。
「なるほどね……」
「まぁ、こじつけって言われたらそれまでだよ。実際こじつけ感は否めないな、って思ってる部分もあるし」
「けど……カノジョさんにまつわる状況を整理して考えたら、それがしっくり来るのも事実だわ。だけど、もしそれが真相だとしたら……悲しいわね」
川中島さんは目元をぬぐい始めていた。
「自分を殺して幸せを永遠化とかしないで、普通に彼氏さんと仲良く暮らすのが一番幸せに決まっているじゃない……」
そう言ってうつむいて、ハンカチを取り出して目元に押し付けるくらい、川中島さんには思うところがあるようだった。
そして言うまでもなく、そうやって他人のために泣ける川中島さんは、優しい人だなと俺は思った。
※
後日――川中島さんは俺の推理をそのまま、依頼者の彼氏さんに伝えたそうだ。
そしたら彼氏さんは、割と腑に落ちた表情で黙ってコクコクと頷いていたらしい。
カノジョさんならそうしても不思議じゃない、という納得感が、彼氏さんにもあったのかもしれない。
「田島くんは、もしカノジョが自殺したらどうする?」
「それはまぁ……やっぱり悲しいだろうな。カノジョが居ないから想像で答えるしかないんだけどさ」
ちょっと物悲しい謎解きのお礼として、この日は川中島さんの自宅で夕飯をご馳走されることになった。
駅前のタワマンだ。
親元を離れているそうだが、1人暮らしではなく、銀髪の美人メイドさんが一緒に暮らしているようで、そんなメイドさんがワンオペで料理を作ってテーブルに運んできてくれた。
「あら、田島様はカノジョが居ないということは、お嬢様の彼氏ではないんですか?」
「はい、違いますけど」
メイドさんの名前はシフォンさんと言うらしい。
昔から川中島家に仕えていて、川中島さんのお世話係をしているとのことだ。
「でしたら田島様、わたくしめをカノジョにするのはいかがでしょう? 男の子が悦ぶサービスをネットリ致すことも可能ですが♡」
「よ、余計なお喋りは慎みなさいシフォン!」
俺の耳元で妖しく囁いたシフォンさんをよそに、川中島さんがおかんむりだ。
つややかなメイドさんには耐性がないのではよどうにかしてください……。
「これは失礼致しましたお嬢様。お嬢様がここぞとばかりに男の子を連れ込んでいらっしゃいますので、横取りしたら面白いかと思いまして」
「なんですって!?」
「ふふ。ともあれ冷めないうちにお召し上がりくださいね、夕飯」
食えない表情で頭を下げながら、シフォンさんがキッチンに戻っていく。
「た、田島くん……一応言っておくけど私は別にここぞとばかりに田島くんを連れ込んだわけではないんだから勘違いしないでちょうだいね……?」
「分かってるよ。川中島さんが俺のことをどうこう想ってるわけがないからな」
「――むうううううううううううううううう!!!!」
なんで急にほっぺを思いっきりお膨らませに……。
ううむ……女心はよう分からん。
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