第2話 ミートソーススパゲッティー
「……いいのか? こんな高そうなところ」
「いいのよ。さすがに先日のお礼がハブ酒だけじゃ申し訳ないから」
この日は週末で、俺は川中島さんに誘われて都内の高級焼き肉店を訪れている。
密室ハブ殺人を紐解いたことに対する追加のお礼。
ランチの時間帯で、個室だ。
テーブルを挟んで座っている。
「さあ田島くん、好きなモノを頼んでちょうだいね。奢りなんだから、遠慮しないで」
川中島さんはメニュー表を眺めながらそう言ってくる。
相変わらずの黒髪美少女。
お忍びだから色付き眼鏡とマスクをさっきまで着けていた。
「今日は探偵業、休みか?」
「いいえ、別にそうでもないわ。依頼は常に抱えているから」
俺たちはひとまずハラミとロースを頼んだ。
やがて手元にやってきたそれらを川中島さんが焼き始めてくれる。
「ねえ、この場で依頼の謎解きについて相談に乗ってもらってもいいかしら?」
「ミステリ好きとして断る謂われがないけど、守秘義務は?」
「だからまぁ、独り言ということで」
「了解」
形ばかりの独り言。
でもそういうスタンスは大事である。
「あまり食事のシーンで話すべき内容じゃないんだけど、平気?」
「平気だよ。いつも昼休みにやってるんだから気にしなくていい」
「ありがとう。じゃあ話させてもらうわ」
川中島さんはハラミの焼き加減を確認しながら言葉を続けてくる。
「今回の依頼内容はね、猟奇殺人の凶器を推察して欲しい、というモノよ」
「警察からの依頼か?」
「そう。とある猟奇殺人事件が数日前に発生していてね、犯人はすでに捕まっているんだけど黙秘を続けていて、事件の重要な部分が分かっていないの」
「それが凶器、ってことか?」
「そう。殺人に使われた凶器が不明瞭で、私に意見が求められている状態なわけ」
なるほど……。
「……じゃあまず、どういう事件だったのか詳しく教えてくれよ」
「事件の舞台はとある小学校よ。そこで働く給食のおばさんがね、茹でられた状態で見つかったの」
「……茹でられた状態?」
「その日は献立がスパゲッティーだったらしいんだけど、スパゲッティーを茹でる大鍋の中でグツグツと煮られた状態で亡くなっていたそうよ」
……えぐい。
「容疑者として捕まったのは同僚の女性給食調理員。被害者とのあいだに金銭トラブルがあったみたい。容疑者が不利をこうむる形でね」
「じゃあ怨恨?」
「その線が濃厚ね。ちなみに容疑者は逮捕時、衣服に被害者の血がかなり付着していたそうよ。つまりなんらかの方法で被害者を殺してからわざわざ茹でた、と見られているわ」
「猟奇的だな。わざわざ茹でたのは遺体遺棄を楽にするためか?」
「多分ね。で、問題は茹でる前の殺人部分。果たして容疑者は何を用いて被害者を殺したか」
川中島さんが焼けたハラミを俺の皿に乗せてくる。
早速タレを付けて食べてみると、旨い。
さすが高級焼き肉店。
「茹でる前に何を用いて殺したか……一応訊いとくけど、検死はしたんだよな?」
「したらしいけど、遺体の損壊が酷かったせいで死因や凶器を突き止めることが出来なかったみたい」
川中島さんは自分もハラミを食べながら応じる。
「遺体は調理室にある業務用の巨大圧力鍋で必要以上の圧をかけられて、死亡推定時刻の朝8時過ぎから事件発覚のお昼前までのおよそ4時間ほど茹でられていたそうでね。現場に駆け付けたベテラン刑事がそれを見て吐くほどのトロトロ状態だったとか」
「……いつにもまして食事中にする話じゃないな」
「やめる?」
「いいや……続けよう」
こういうのはひと息に終わらせた方がいい。
「ともあれ……そういう状態の遺体だったから検死がままならなかったわけか」
「その通り。だから茹でる前にどういう凶器で殺したのか知っているのは犯人だけ。でも当の容疑者は黙秘を続けている」
「なるほどな」
「容疑者は犯行後に現場の調理室から出た形跡がないから、凶器は絶対に調理室の中にあるはずなのに一向に見つからないんですって。凶器になりそうな調理器具を片っ端から調べても全部シロ。不思議よね」
逆密室みたいなモンか。
犯人と被害者は現場から移動していない。
全部調理室で完結している。
にもかかわらず凶器だけが見つからない。
確かに不思議だ。
しかし、
「別にソレ、難しい問題じゃないぞ」
「え?」
「川中島さんはさ、ミステリ小説で氷の凶器が出てくる話って読んだことあるか?」
「あるわ。つららとかで殺すヤツでしょ?」
「そう。氷の凶器って証拠隠滅しやすいんだよ。なんせ溶ければそれで隠滅完了だから」
「じゃあもしかして……今回の事件は氷の凶器が使われたわけ? 溶けたから見つからないの……?」
「いいや、俺の考えはそうじゃない。氷の凶器について話したのは、意外なモノが凶器になったりするよね、っていう例えだよ。そもそも氷の凶器ってそう簡単に作れるもんじゃないし、つららを頼るにしても今は5月だ」
「……じゃあ本当の凶器はなんだと思っているの?」
「川中島さん、被害者が殺された日の献立ってなんだっけ?」
「え、……スパゲッティーだけど」
と応じてから、川中島さんはハッとしたように、
「――まさか……?」
「そう、そのまさかだよ」
俺は一拍開けて、
「凶器はスパゲッティー」
「あ、ありえないわ! スパゲッティーでどうやって人を殺すのよ!?」
「乾麺状態のときに頸動脈に突き刺せばいい」
「じ、人体に刺さるかしら……っ?」
「シャーペンの芯が刺さるのと大して変わりないだろ」
長いままのスパゲッティーはたわむから刺さるかどうか怪しいけど、短く折れば麺のたわみが消えて力が分散しなくなるから突き刺さりやすい状態にはなるのは明らか。シャーペンの芯が指や足裏に刺さったりするのも短い状態のモノが多いと思う。つまり、折ったスパゲッティーは充分凶器になり得るわけだ。
「言われてみればそうね……」
「だろ? で、凶器がスパゲッティーだと仮定すれば、凶器が見つからないのも納得だ。恐らく遺体と一緒に圧力鍋で茹でたんだよ。捜査中に圧力鍋からスパゲッティーの残滓が見つかったところで、茹で上がったそれが凶器だとは誰も思わない」
「――な、なるほど……!!」
川中島さんは感心したように目を見開いていた。
「さすがだわ田島くん!! その発想はなかった!!」
「どうも」
「ち、ちなみにその推理……そのまま使わせてもらってもいい……?」
「いいけど、いつも言ってる通りその推理が間違ってても俺は一切責任取らないからな?」
「もちろんっ。間違ってても文句は言わないし、あとでお礼もするわっ」
「ならOK」
「じゃあ相談はこれでおしまいっ。ここからはじゃんじゃん食べてちょうだい。ほら、この辺もすっかり焼けているわ」
俺の皿が焼けたハラミでいっぱいになる。
追加でカルビやホルモンも頼み出している。
高級焼き肉店でそんなに頼むのはお金が心配になるけど、美少女探偵様は依頼がバンバン来るしテレビにも引っ張りだこ。
懐の心配なんてするだけ無駄か。
「そういえば、俺と2人きりでこんなところに来るのは大丈夫なのか?」
「え、どういう意味?」
「ほら、もし彼氏が居るなら怒らせたりするかもしれないし」
「い、居ないわよ彼氏なんて! ばか! 朴念仁!」
……なにゆえそこまで罵られる必要が。
「ふんっ、肝心なところで冴えないのねあなたは……」
ぷくっ、と可愛らしく頬を膨らませている川中島さん。
なんかよう分からんけど……とりあえずハラミ食っとこ。
※
後日――川中島さんによれば、今回の推理はほぼ当たっていたとのこと。
ちょっと違ったのは、遺体を茹でた動機について。
遺体をドロドロに茹でたのは遺棄するためじゃなかったらしい。
犯人曰く――
『彼女をミートソースにして子供たちに振る舞うつもりだった』
とのことで。
あまりにも狂っていた。
金銭トラブルの被害者側だったという犯人は、よほど殺した彼女に恨みがあったんだろうか。ミートソースにして辱め、その上で子供たちをも巻き込もうとしていたのだから、猟奇殺人と呼ぶにふさわしい顛末だったと言える。
『――あの美少女探偵がまたお手柄です』
そんなある日の夕暮れ。
報道番組のエンタメトピックのコーナーで川中島さんの話題が組まれていた。
どうやら今回の凶器推察について警察から表彰されたことがニュースになっているようだ。
うむうむ、俺の推理で川中島さんがドンドン大きくなっていく。
ええじゃないか。
俺は目立ちたくないから、川中島さんを隠れ蓑にして推理だけ楽しんどくぜ。
「――ハイおにいっ、今日の夕飯はコレだよ♪」
そんな折、中坊の妹が本日の献立を食卓に並べてくれた。
母さんを早くに亡くしている我が家において、妹は炊事の要。
その妹が作ってくれた今宵の夕飯は――
「じゃじゃーん、お手製ミートソースのスパゲッティーでーす♪」
……なんちゅうタイミングだよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます