母のおもひで
物心ついた時、母親としての役割はすでに野依が変わってくれていた。
しかし俺にも生みの母親がいる。彼女は何をしていたかというと…
「この阿呆ッ!触るなと言っただろうが!」
「ごめんなさい!」
彼女は花柳病に罹り、俺に辛く当たるようになっていた。
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「聞いたぁ花柳病やって。」
「不見転だからよ、ほんといい気せんかったもの。」
「こっちには移さんで欲しいわぁ。」
同じ部屋の芸妓に母は嫌われていた。
子を連れ転がり込み、身体を売ってまで稼ごうとしたのだ。仕方はないと思う。
「見て、野依よ。」
「あんな人の看病なんてようやるよ。」
ここでも野依は優しかった。
俺の面倒どころか母の看病までしてくれていたのだ。彼女の苦労も知らずに俺はただ甘えてばかりだった。
「野依姉ちゃん、きゃらめる持ってる?」
「ごめんねえハチちゃん。今日はないのよ。」
当時の俺はキャラメルの価値すら知らない。
「あれ!またここ痣が出来てるよ!ちょっと冷やさないと。」
母にぶたれた痣を野依が見つけた。
「…これは僕が悪いんだ」
「ハチちゃん?ハチちゃんはなんも悪い事してないよ。悪いのはお母さんの身体で悪さしてる病気!」
また野依に世話を妬かせてしまった。今思えば虐待を受けた子は母親を庇うってほんとなんだなあ。
その後、野依は水で濡らした手拭いを持ってきて俺の腕に当てた。
「はいこれでちょっと待ってね。」
「あいにさらさら こがねにさらさら いだいところは ぴんぽんぱちんと むかいのおやまさ
とんでけー!」
「野依姉ちゃん、なにそれ?」
「んー?おまじないよ、おっかあがよくやってくれたの。」
そういうと野依はにっこり笑った。
懐かしい笑顔。おまじないのことはずっと覚えてたのに、この笑顔はどうして忘れてたんだろう。
「おまじないやったら悲しいのもとんでく?」
野依はハッとした表情になりながらもこう答える。
「勿論よ!じゃあハチちゃんの悲しいのもむこうのおやまにとんでけー!」
おまじないを受けてキャッキャッと笑う俺。
こんな笑顔もうしばらく出来てないや。
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