装備製作
−−翌朝、酒場フォンストリート二階の宿部屋
「ふあ〜、もう朝か」
窓から差し込む陽の光で目が覚める。目が覚めたら見慣れた自分の部屋かと思ったらそうではなかった。一瞬混乱してしまうが、昨日この世界に来てしまった事を思い出した。夢であって欲しかったとは思いはしたものの、悲しいかなこれが今置かれている状況らしい。
「よっ、起きたか」
弘也が起きると和司はすでに起きていた。昨日の事が吹っ切れたかの様にいつも通りの和司に戻っている。
「切り替え早いな〜」
「ただでさえ奇妙な世界に来てるんだ。気持ち切り替えていかないとこの先やってけないだろ」
「まあそりゃそうだが」
和司はテーブルの上一面に広げた紙に向かって何かを描いていた。
「ところで何描いてるんだよ」
弘也は真剣な表情の和司の頭越しにスケッチを覗き込んだ。
「拳銃の設計図だよ。ちょっと見てくれ」
和司は何枚にも渡る設計図を一枚一枚テーブルに広げた。
「これは警察で採用してる拳銃じゃないな」
全体の形状は警察が採用しているS&WM360J SAKURAじゃない。むしろS&W M586の形状に近い。設計図はメインフレームはもちろんの事、ハンマー・トリガー・シリンダー・照門等の各パーツの分解図まで正確に描かれている。恐らく和司の趣味が入っているのだろう。しかしこれだけ部品数がある図面を簡単に描けるはずがない。一体何時に起きたのだろうか。
「こんな細かい部品の形状どこで見たんだよ?」
「大学時代にアメリカにホームステイした時に実銃を触らせてもらった事があるんだよ。・・・部品を見た事がないって、お前銃の分解とか掃除やったことないのか?」
「やんねぇよ普通」
「とにかく、ここまで詳細な部品の構成を描けば拳銃の製作依頼を出せる」
和司は何枚もある自信作の設計図をまとめて丸めた。
「もう一つ作りたい物があるんだけど」
弘也はつい昨日の戦闘でゴブリン相手に素手、松明で殴った時の事を話始めた。
「流石にあれは無理があったよ。将来的に
和司は腕を組んでう〜ん、と考え込んだ。
「デカい警棒を作るってどうだ?竹刀位の大きさの奴」
「それいいな」
右手の親指と小指の先を大きく開いては小指に親指を付けて尺取虫の様に手を動かしながら大まかな長さを割り出していく。
「120cm位かな」
和司は新たに広げた白紙に原寸の警棒の設計図を描き始めた。黙々とした作業が始まり、その細かく動くペン先を弘也はじっと眺める。
「ところでヒロ、これらを作ってくれそうな所はあるのか?」
設計図を描いている和司は紙から目を離さずに会話を続ける。
「うーん、あるとしたら鍛冶屋かなぁ」
和司は描き終えた設計図の横の方にペンをトン、と付けた。
「じゃあ早速行ってみよう」
弘也を連れて和司は意気揚々と部屋を後にした。
−−鍛冶屋
「うちじゃあこんな細かい形状の物は作れないな。うちらが得意としているのは剣とか斧みたいな大雑把な大きさの物ばかりだからな」
「そうなのか・・・作れないのか・・・」
長い時間をかけて描いた設計図が無駄になったと知った和司はガックリと肩を落とした。
「ただ、ドワーフなら作れるかもしれない。彼等の中には時計を作る職人もいるし、何より細かい装飾とか施すのが得意だからな」
がっくりしていた和司は急に笑顔に変わった。コロコロと表情を変える忙しい人だ。
「ちょっと待ってな。今地図を書いてやるよ」
鍛冶屋は立ち上がって仕事場の奥に入っていった。
「よし、頑張った和司君に俺からも一つ耳寄りな情報を教えてあげよう」
弘也は和司の肩にポンと手を乗せた。
−−山へ続く街道
「ドワーフの所に行くのに何で酒が必要なんだ?」
和司の肩には酒場で買った酒瓶がぶら下がっていた。結構重い。しかも山道で今は上り坂なのだ。
「ドワーフは酒好きなんだよ。手土産に持っていったら商談も上手くいくだろうと思ってな」
「なるほど・・・。しかしもう少し小さい酒でも良かったんじゃないか?」
「どうせならより良い物を。ってもんよ」
弘也は鍛冶屋でもらった地図を確認した。
「もう少し先の山だな」
「そんなに遠いのか?」
「そうだな・・・。何も出てこないといいのだが」
−−ドワーフの住処
酒瓶を弘也に預けて和司はドワーフの前に設計図を広げた。ちょうど工房にいたのはクルプと名乗るドワーフだった。時計に使う歯車から剣まで作れるのが自慢らしい。
「ふむ、確かにこれだけの細かい部品はわしらでないと作れんな」
クルプはまじまじと設計図を観察していた。
「作れるのか?」
和司はかなり期待を持っていた。
「まず作る道具から製作する必要があるのう・・・。ちと骨が折れるわい」
期待とは正反対なクルプの消極的な態度に和司はイラッときた。
「ヒロ、ちょっと酒瓶貸せ」
酒瓶を受け取った和司はキュポンと栓をしているコルクを抜いた。
「何をする気じゃ?」
「こうするのさ」
タパパパッ
和司は地面に酒をこぼし始めた。
「あーっ!やめてくれー!」
「やるんだな?」
和司は瓶の口を一度上に上げた。
「やる!やるから酒だけはやめてくれー!」
クルプの悲痛な叫びに和司は酒をこぼすのをやめた。
「しかしこんな物どうやって思いついたんじゃ?こう言っちゃ何だが発明じゃぞ」
クルプは設計図を両手で広げて隅から隅まで見回す。
「もう一つ作って欲しい物があるんだけど」
今度は警棒の設計図を広げて見せた。
「何?まだあるのか?あれもこれもと、ちーっとばかり人使いが荒くないか?」
「ほお」
タパパパッ
和司は再び地面に酒をこぼし始めた。
「やめろ!酒はやめろー!」
「やる?」
「やる!やるからー!」
「快く引き受けてくれて助かるよ」
和司は瓶の口を上げた。クルプは"何と非情な男か"と言わんばかりに顔を真っ赤にした。
「それで?どんな風に作ればいいんじゃ?」
「拳銃の方についてだが、メインフレームはとにかく硬い金属で作って欲しい」
「ならばうちで一番硬いエンラッドの鉄鉱石を使おう。なんなら全部の金属パーツをこれで統一してもいい」
「それはいい。ここのシリンダーに入る弾丸は六発。弾丸は鉛を銅でコーディングしてほしい。こっちは薬莢と言ってここに火薬が入る。この世界に火薬はあるのか?」
「大砲に使うあれか?とんでもない物使うんじゃな。それなら・・・」
「・・・・・・」
二人のやり取りを聞いている内に日は暮れ、弘也は薄ら薄らと眠りについてしまった。
和司とクルプのやり取りは夜を徹して行われた。
弘也が目を覚ました時は朝になっていた。ボーッと辺りを見回す。そうか、確かドワーフの所に行ってそのまま眠ってしまったのか。
「グリップは木製がいいんだが何か良い素材はないだろうか?」
「それならウォールナットはどうじゃろ?手触りは最高じゃ」
「まだやってたのか?」
和司とクルプのやり取りは弘也が寝ている間もずっと行わていたらしい。
「よし、説明は以上だ。よろしく頼む」
「あぁ、分かった。作るのは二丁でいいんじゃな」
「それでOKだ。できたら連絡してくれ。ヒロ、街に戻ろう」
意気揚々とした和司は弘也を連れて山を降りていった。
「さて、これからどうする?」
「カズ、ちょっと街を歩いてみないか?」
「何でだよ?」
「俺達はこの世界の事を何も知らないだろ?今の内に色々見て回っておきたい」
「まぁ、それもそうだな」
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