ヴァンパイアの連続殺人事件<1>

−−大通り


二人は宿からすぐ近くの大通りを歩いてみる事にした。そこでどんな亜人デミヒューマンがいるのかをよく観察する事ができたし、露店を見て回る事で現実世界とのギャップを体験することができた。


「海外の露店でも見て回ってるみたいだな」


和司は周囲を見渡しながら物珍しそうに歩いている。亜人デミヒューマン達をジロジロ見ているせいか彼等にかなりの頻度で睨まれる。絡まれそうになるんじゃないかと弘也はヒヤヒヤしながら見ていた。通りを行き交う住民達に混じってローブを被った人物がそこら中を歩いている。魔法都市だった頃の名残なのか、この街には多くの魔法使いが集まって来ている様だ。時折冒険者のパーティと思われる集団が二人の前後から現れては去っていく。




「ファロス地区って商業地区なんだな」


弘也は地図を広げて場所を確認した。この街で人が多く集まる場所の一つらしい。


「病院に銀行もあるのか?見た感じの文明水準より近代的な施設があるんだな」


「銀行は中世のイタリアにもあったんだ。中世ヨーロッパみたいなこの街にあっても不思議じゃないよ。むしろ病院がある事の方が驚きだ。回復術ヒーリングやアイテムで回復するのがセオリーのはずだけど」


「何でもゲームと同じって訳じゃないだろう。街の住民だって風邪位はひくだろうし」


「俺達も銀行に口座作っておこう。任務クエストで得た報酬を全額持ち歩く訳にはいかないからな」


二人は銀行に入ってそれぞれの個人口座登録証明証を作った。これと銀行側に記録されている額を照合して入出金できるらしい。人力ではあるが現代の銀行と左程変わりはない。


「この後武器屋と防具屋を覗いてみよう」


街の地図を広げて弘也は防具屋の場所を確認した。


まず先に訪れたのは武器屋の方だった。拳銃や警棒ができるまでの繋ぎとして二人はそこで殺傷力のない木剣を購入した。これなら犯人に傷を負わせる事がなく確保する事ができる。


「地方の土産物屋に置いていそうな木剣だな」

「根性とか気合とか彫ってある奴か?あれ何でどこの土産物屋にも置いてあるんだろうな?」

二人は買ったばかりの木剣をベルトの左腰の部分に刺した。これなら持ち歩きやすい。


次に向かったのは防具屋だった。


「防具ってどんなのがあるんだ?」


「この手の世界ならチェインメイルやプレートアーマー。戦士ファイターが身に付ける防具だな」


「あぁ、歴史映画なんかで着ている金属製のあれか」


二人はチェインメイルを眺めた。値札には"300ゼガ"と書かれている。


「さ・・・300ゼガ」


先日もらった報酬は一人250ゼガ。そこからさっき購入した木剣に宿代、飯代等々を引くと今の手持ちではとてもじゃないが買える値段じゃない。


「防備は一番大事な物のはずなんだが・・・」


「仕方がないよ、次の機会にしよう」


どんな物が置いてあるか見て回るだけで特に何も購入する事はなく防具屋を後にした。




リリリリリリンッ


通りを歩いているときにどこからかアナログな電話のベルの音が聞こえてきた。二人は周囲を見渡すが音がどこから鳴っているのか特定する事ができない。


「お前の腕から聞こえてくるぞ」


弘也は和司の左腕を指差した。よく見てみると腕に付けている話し貝が点滅している。音はここから鳴っている様だ。

「確かこの貝の部分を押したら話ができるんだったよな」


和司は貝を押した。何やらボソボソと小さな声がするのだが誰が何を言っているのか全然聞こえない。


「ボリュームが小さいんじゃないのか?」


「貝をひねったら大きくなるか?」


和司は貝を思いっきり右に回した。


「ちょっと!!!話聞いてますか???!!!」


ギルドマスターの声が大音量で通り中に響き渡った。一斉に二人に注目が集まる。


「わっバカ!ボリューム上げ過ぎだ!戻せ戻せ!」


慌てて貝を左にひねって丁度いい音量に調整する。どうにか使い方が分かったところであらためて話を聞き直す事になった。


「緊急の要件があります。ギルドではなく、イヴラクィック町にある被害者の家に直接向かってください」




−−イヴラクィック町、被害者宅


「あぁ、あんたらがけーさつって人かい?」


ドアをノックすると家の主人がドアを開けた。


「警視庁捜査一課の前川です」


「同じく春日です」


二人は警察手帳を見せたのだが、主人はそれを珍しそうに眺めた。


「あ、そっか。こっちじゃ知名度ゼロだったな」


「それで殺害されたのは?」


「うちの長女です。どうぞ中へ」


二人は二階の部屋に案内された。


「この部屋です」


ベッドを囲むように家の人達だろうか?すすり泣きをしながら立っている。ベッドに横たわっているのが被害者の様だ。名前はミシェル・マーティン。この家の一人娘らしい。朝方起きてこない被害者を呼びに来た母親が異変に気付いてギルドに任務依頼クエストオーダーを出したらしい。ギルドで殺人といえば自分達が専門だと言ったが為に任務クエストが回ってきたという訳だ。


「ちょっと失礼します」


家の人達に少し離れてもらって二人は被害者の側に立ち両手を合わせた。それが終わると早速遺体の検視に入る。弘也はスマホの方位計アプリを出した。


「ご遺体は南東方向の仰向き。ベッドも同じく南東方向。ベッドとの傾斜角は約8度、就寝中に襲われた様だな。着衣の乱れは認められず。外傷は左頸動脈に刺傷が二ヶ所。細くて鋭利なきり状の物で刺されたと推測される。直径は3mm。二つの刺傷の間隔は43mm」


二人はしゃがんで被害者の首元をよく観察してスマホで刺傷を撮影した。弘也は遺体を触ってみたり身体のあちこちを観察したりしていた。


「死後硬直は下肢にまで及ぶ。ご遺体をひっくり返すぞ、手伝ってくれ」


二人で両方と両足を持ってベッドの上でうつ伏せに返した。弘也は裏返した遺体の背中の方を見ていく。


「おかしいな、紫斑が出てない。これだけ時間が経っていれば普通は出ていてもおかしくはないんだけど」


死亡して循環している血液の流れが止まり、身体の下側に沈下して現れるはずのあざ状の斑点が見当たらない。


「他に目立った外傷はなし。間違いなく頸動脈の二つの刺傷が致命傷。他殺に間違いない。死後硬直の具合から考えると死後10時間は経過している」


「じゃあ死因は出血性ショック(出血多量)による失血死か?」


「そうなるな」


和司はベッドの上から周辺を見回した。


「しかしそれならかなりの量の血液が身体から出た事になるよな。頸動脈なら尚更だ。それなのに血痕がどこにも見当たらないってどういう事だ?」


その謎を考えるのは後にして弘也は次に遺体の周辺に不自然な点がないか探し始めた。


「ご遺体の腰部左右側に何か付着しているな・・・何だこれ、繊維片?」


弘也はベッドに付着しているいくつかの繊維片を拾い上げてチャック付きのポリ袋に入れた。それをスマホのルーペアプリで様々な方向から観察してみる。


「体毛?人間の体毛には見えないな。しかしこれが遺体の左右に付着しているところを見るに、犯人は馬乗りになって殺害に及んだ様に見える」


「馬乗りになって左頸動脈に刺傷を付けた?どんな殺害方法なんだよ?」


「分からないな。通常では考えられない殺害方法だ。・・・もしかしたら」


弘也は窓枠を一つ一つ観察し始めた。推測が正しいかどうか確認する為だ。


「傷跡・・・真新しいな」


尖った爪でできたと思われる新しい傷が付いている。恐らく犯人の目星は付いたのだろう。


「ヒロ、これは人間の仕業だろうか、もし違うとしたら何だ?」


弘也は窓の方から振り返って一つの結論を出した。


「間違いない。ヴァンパイアだ」


二人は家の外に出て庭から被害者の部屋の窓を見上げた。


「ヴァンパイアはどうやって二階から侵入したんだ?よじ登ったのか?まあできなくもないが」


和司は庭から二階の窓への侵入経路を探ってみた。窓は全て出窓で窓の下から半分位の高さまで柵が設けられている。各階の窓と窓の間には等間隔で仕切りが区切られた柱があり、ボルタリング経験者ならそれらを使って被害者のいる二階まで難なく登る事はできそうだ。


「ヴァンパイアはコウモリの姿をして空を飛んで移動するんだ。そして人間の姿になって美女の首から生き血をすすると言われている」


「空から二階の窓に侵入した・・・」


二人は一度被害者宅を離れ、さらに詳しい情報を得る為にギルドに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る