第25話「負けない。強い気持ちで」

***


「そう、その調子よ!」


男性と同じシャツにズボン、極めて滑らかな身体のライン。


胸当てをしてを片手に木刀を持ち、軽々と攻撃を受け止めるオリアンヌだ。


私はオリアンヌに師事して身を守る術を手に入れようと剣術を習うようになっていた。


アルベールの魔法が解けたとわかったからこそ、もう二度と魔法は使わないと決意した。


塔から出られずに外の世界をうらやんでいるだけの王女様は辞める。


オリアンヌの太陽のような波打つ髪に尊敬の意を表し、一度くらいオリアンヌのバランスを崩そうと強く剣を振った。


「脇が甘い」


だが長年鍛えて軸が出来ているオリアンヌだ。


木刀がぶつかっても器用に滑らせて攻撃を流していく。


か弱い力では受け流されるだけだと、私は立ち止まって汗をぬぐい、木刀を握りしめた。


「体力、スピード、防衛、まだまだね」


「まぁ数回でなんとかなるものでもない」とケラケラ笑って剣を鞘におさめる。


オリアンヌの直球な指摘にぐっと唇をまっすぐに食んだ。


「でもそれは時間が解決してくれる。基礎体力の問題だもの」


「基礎体力……」


「最初はあんなにヘロヘロだったのに、今はまっすぐ。そろそろ剣だこも出来るかもねぇ」


そう言ってオリアンヌは私の手をとると、赤くなって敏感な手のひらを親指で押す。


汗がにじんでひりついて、恥ずかしくなる声が漏れた。


「女の子はこれくらいキレイな手がいいんだろうなぁ」


「オリアンヌ様?」


「ま、あたしは剣が好き。カッコいい女になりたいの」


ほとんどいない女性騎士や文官はすばらしいと目を輝かせて語りだす。


男性中心の社会で、自らやりたいことを前面に出すのは女性にとって難しいこと。


「王宮御用達のドレスだって、もとは地方の男爵令嬢が先頭にたって事業をはじめたと耳にしたわ」


太陽を背景に逆行となるオリアンヌの顔。


だが口角が上がって、暗くなった瞳は期待に満ちてキラキラと輝いて見えた。


「弱虫泣き虫、世間知らず。だけど意外と根性がある。レティシアちゃんはやり方がわからなかっただけよ」


「……今もわかってません。だけど強くなりたいのは本当です。私にはオリアンヌ様がとてもカッコいいです」


その言葉にオリアンヌは目を見開いて、すぐに細めてやわらかく頬を染めながら笑った。


「ありがとう」


魔女だろうが、人の女だろうが、魔法が使えるかの違いでしかない。


それぞれに色んな理由があって強くなりたいと願う。


私もそう願って、まずはオリアンヌの背を追いかけていたいと胸をはった。


自分の意志は自分で守る。


踏ん張るしかないのだと、私は地面につく足に力を入れた。


どんな状況でも、好きな人たちがいる限り強さはあきらめないから。



***


ある曇り空の日、午後のこと。


ダンスの練習を受けていると王妃の使いがやってくる。


「レッスンが終わり次第、連れてくるようにと王妃様から……」


アルベールとの関係に変化があったのを気づかれたのだろうか。


王妃の目がどこで光っているかわからない。


委縮していては王妃の思い通りだと気を震わせて頬を叩く。


他人に自分を傷つけさせないし、自分で自分を傷つけたりするものかと踏ん張ろうとした。


ずっとうじうじとしていたにも関わらず、思いきりがよくなったのは《恋の魔法》を終わらせた決断と実行が融合した結果だろう。


怯えるばかりの私がけじめをつけて、魔法を解こうとした。


本来ならばそこでアルベールに嫌われて、どん底に落ちてやろうと腹をくくっていたが、思いがけない愛情を向けられて天にも昇りそうだ。


恋に挫折して泣くはずが、カロルが道となり光の下へ引っ張ってくれた。


アルベールを愛する気持ちも捨てず、王妃の言いなりにはならないと鋭い動きで歩いた。


(負けない。強い気持ちで)


――進め。


***


王妃の私室は香が充満していた。


香水とは異なり、炊きつけて香りを広げていくもので、凝り固まった身体が柔らかくなるのを感じた。


「お前、魔法を解除したね?」


クッションなしの第一声に肩が跳ねる。


ぐっと拳を握って、胸を張りながら強気に王妃を見据えると、意外だったのか王妃は目を丸くし高らかに笑い出した。


「まぁいいでしょう。公爵の心はしっかりと掴んでいるようだから」


「あなたの言う通りにはなりません。私がアルベール様を好いているだけです」


「いじらしいこと。リゼットでは公爵を誘惑出来なかった。さすがはわたくしの娘といったところかしら」


ズキズキ痛む胸を無視して、顎を引いて王妃から目を反らさなかった。


母だと名乗るわりに愛情が見えてこないと嘆く気持ちはいらない。


私にとって母はカロルだと気丈に振る舞い、王妃に臆さなかった。


挑発はこれまでと王妃はスッと目を細め、香をまといながらゆっくりと近づいてくる。


ブロンド髪を揺らしながら人差し指でくいっと私の顎をあげた。


「お前は魔女よ。安心なさい、かならず国に帰らせてあげるから」


「そんなこと……」


望んでいないと口にしようとして、王妃が舌打ちをしたので言葉を飲み込んだ。

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