第26話「魔女の立ち位置」
「ここにいても魔女は虐げられるだけ。王の縛りを解けばたちまち魔女狩りがはじまるでしょう」
王妃は父となるこの国の王に魔法をかけている。
それがどんな魔法なのかはわからないが、私と同じ系統の魔法を使うのだろう。
《恋の魔法》で王の意志を奪い、傀儡と化してあやつる。
根幹がすでに支配され、王妃が人形師としてつま先まで動かしているようなものだった。
「ま、そんな堅苦しい話はやめましょう。せっかくの母娘で話す機会なのだから」
そう言って王妃は王妃らしくない行動をとる。
ソファーに腰かけるよう促し、自ら目の前で紅茶を淹れ、砂糖とミルクを差し出して私の前に置く。
「自分で淹れるのが好きなの。なるべく他の者には触らせたりしない」
「……」
「毒なんて入れたりしないわ。飲んで、少し落ち着きましょう」
警戒する私に王妃は砂糖を溶かして一口飲む。
にこりと微笑む王妃に私はねちっこい目をして紅茶を口にした。
あたたかい紅茶にホッと息をつき、胸がぽかぽかするのを感じる。
「ところでお前、他の魔法は使えるのかい?」
「他の魔法……?」
あいまいな反応をする私に、王女は興味深そうに鎖骨をトントンと叩く。
「……まぁ、その魔法が使えれば十分でしょう」
「何を言いたいのですか?」
手を握りしめて身体を硬くしていると、王妃はあでやかにニヤッと口角をあげた。
「もう一度公爵に魔法をかけなさい」
「なっ!?」
なにを言っているんだと荒々しく紅茶を受け皿に置いた。
「いくら両想いとはいえ、意志は公爵のもの。それではあまりに不安定」
「……アルベール様のお気持ちはアルベール様だけのもの。もう魔法で縛るなんてしません」
この罪は私だけのもの。
二度とアルベールを巻き込まないと歯を食いしばって警戒のまなざしを向ける。
頑なな態度を見て、それも想定済みだったのか、王妃は胸をふくらませ息を吐きだすと声高らかに笑い出した。
「おかしなことを。なぜ、その魔法だけ知っているかを考えたことはないの?」
その言葉にハッとして、そういえばいつから魔法を認識したと記憶を巡らせる。
おぼろげな記憶の中、カロルが身を守るための魔法だと言って呪文を教えてくれた。
まさかと思い、青ざめて王女を穴が開くほどに凝視する。
頭の中がグラグラして、まるで鈍器で殴られたかのように思考が乱れた。
「カロルは魔女。わたくしと同じように姿を隠した数少ない生き残り」
カロルはどこにでもいるような亜麻色の髪に、おだやかな顔つきで魔女らしい要素は一つもない。
魔法を使っているところは一度も見たことがなく、ごくごく普通の心優しい乳母だった。
『レティシア様が誰かを愛し、愛されたいと願ったとき、この魔法の意味を知るでしょう』
よくわからないと首をかしげていると、カロルはクスクスと笑って私の黒髪をくしで梳いた。
《恋の魔法》は甘さも切なさも、どうしようもない痛みも教えてくれるだろう。
だが魔女と蔑まれたとき、守ってくれるのも《恋の魔法》が変わったときだと、それだけを口にして二度と魔法を語らなかった。
カロルは同じ魔女だからそばにいてくれた。
誰にも助けてもらえず、孤独に死んでいたかもしれない私の盾になってくれた人。
愛情と同情で毎日花を飾る普通の人にまぎれた魔女だ。
『レティシア様。魔法だけはけっして使ってはいけませんよ』
そう忠告したくせに、なぜ《恋の魔法》を教えたの?
どうして何も言ってくれなかったのかと、カロルのことをまったく知らなかったと恥じて全身が痛くなる。
ぐらついていた頭は首の力だけでは支えられなくなり、ソファーにもたれかかってしまう。
(やだなぁ、悲観したくないのに。全然……なにも考えられない)
視界がにじんで、目を開けてもいられなくなる。
頬が濡れて、赤くなってぐしゃぐしゃなのに拭おうとさえ思わない。
まぶたの裏側が眩しかったのに、ブロンドが黒く染まってついには思考が落ちていた。
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