第27話「どうかもう一度チャンスを」
ガタガタと上下する揺れと、土の匂い。
手首がヒリヒリして痛いなと思っても、思うように動かせず指先だけがわめく。
あれ、何があったんだろうとウトウトしていた思考に光が差し込んだところで世界が大きく上に跳ね上がった。
「きゃっ!?」
身体が軋んであちこちが痛い。
手も足も縄で縛られ、身体を起こそうにも自由が利かない。
「目ぇ覚ましたのかい?」
狭い木の箱のなかで向かい側に中年女性がけだるげに座っている。
天井はくすんだ白い布が張られており、ここは荷馬車の中だと察した。
あまりしっかりした作りではないのか、やたらと揺れるため酔いそうになる。
「いまさら魔女を始末しろとは、ずいぶんといまさらなことだねぇ」
口に布を噛まされているため、声が出せない。
もがいて身体を揺さぶり、喉を震わせて音を出すも女性は退屈そうにあくびをするだけだった。
栗色の髪をわしゃわしゃとし、膝をたたせて私の前まで来ると、乱れた黒髪を引っ張ってきた。
「んんっ!?」
「見れば見るほど真っ黒な髪だ。黒と呼ぶにはおぞましいほど深いね」
それが魔女らしさなのか、女性は興味本位に髪を何度か引っ張ってやがておもちゃに飽きた子どものように手を離した。
乱暴な扱いに涙目になって睨みつけると、女性はペロリと舌で口端を舐めて顔を近づけてくる。
「目は赤いんだ。宝石だと言って売れば高値になるんじゃないか?」
「……ふんっ!」
もう泣いてばかりの塔の王女ではない。
アルベールのとなりに立っても堂々と出来る女性になりたくて、《恋の終わり》を選んだ。
思いがけない《恋のはじまり》にもなったが、魔法の有無に関係なく強くなりたいと願った気持ちは私の中で燃えている。
なにが起きているかはわからないが、気を強く持とうと身を引き締めた。
負けてたまるかと女性を睨みつけていると、好奇心をあおったのか女性が口を塞いでいた布を引っ張り取る。
一気にたくさんの酸素が入り込み、容量を超えて咳き込んだ。
「あなたは誰ですか? な、なんで私は縛られて……」
「さあねぇ。魔女を海に捨ててこい、と雇われただけなんで。口を塞げば魔法は使えないってよ」
「んぐっ……!」
また布を口に突っ込まれて、口がもごもごして呼吸が難しくなる。
魔女をはじめて見ることで興味を抱いていたようだが、女性はすっかり飽きてしまったようでまた壁際に戻ってしまう。
「王様も魔女に手を出すなんて滑稽だね。呪いに怯えて塔に閉じ込めていたようだが、それももういいってことか」
どのくらい城から離れているかもわからない。
王妃と話していて、意識を失ってここにいるわけだが、その間になにが起きたのだろう。
日数は? 距離は? 海に捨てるってなぜ?
王妃はなにを考えているの?
(アルベール様はどこにいるの?)
こんな不安定な場所ではくよくよしてしまうと目を閉じる。
泣いてたまるか、泣いてたまるかと暗示をかけるように言い聞かせた。
ガタガタと揺れる馬車の中、天幕は影が流れて一瞬たりとも同じ模様を描かない。
土の匂いに混ざって、うすらと深緑の香りがした。
たくさんの花で日常を彩っていたこともあり、嗅覚には自信があると顔を動かしてあたりを観察した。
逃げたところで捕まってしまうのがオチ。
どこかもわからない場所で魔女が逃げ出せばたちまち人に襲われてしまうだろう。
だからと言って臆していてはアルベールに示しがつかないと、なんとか安全だけは確保しようとこっそり動き出す。
手を丸めて指先を伸ばすも縄には届かない。
足をもぞもぞさせてみるも、きつく縛られ抜け出せそうになかった。
(アルベール様、会いたい)
こんな形でお別れしてしまうのはイヤだ。
まだ好きと伝え足りていない。
毎日口にしても私のアルベールへの想いはあふれて抑えられないのだから。
(公爵家の敷地は広いから。まだ見ていない花がたくさんあるはずなの)
その中からアルベールに送りたい花を見つけたい。
花で語ってくれたロマンティックには甘く返したい。
世界には知らない花があって、その花ひとつひとつに言葉がある。
必ずどこかに私がアルベールに渡したい花もある。
嫌われることに怯えて縛りつけた私の罪を抱きしめてくれた人に触れたい。
この恋に翻弄されて、私はたくさんの花を咲かせた。
どうかこの想い、もう一度伝えるチャンスを――!
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