第28話「海の向こう、魔女の国」


あれほど揺れていた馬車が鈍く沈み、土を掘るときと同じ音がした。


馬の足音もザクザクという音に変わって、めくるめく変わっていた影も光を取り入れだす。


「海についたか。出るぞ」


「――っ……!」


縛られた手首を引っ張られ、馬車から勢いをつけて外に投げられる。


じゃりっとした感触が顔を擦り付けて、うすらと傷を作った。


染みる痛さをぐっとこらえて、無理やり身体を起こすと水平線に沈もうとする燃える太陽と、それに照らされた白い道の続く砂浜が視界に飛び込んできた。


ほとんど姿を隠してはいるが、それでも海を照らす情熱はまるでオリアンヌの髪のようだと涙ぐむ。


自分の目で見て、聞いて、体感して、どう生きたいかを考える。


そんなものはアルベールに愛されたいと願った瞬間、私に光が差し込んだことを思い出した。


「王妃様もずいぶん酷なことだ。海に投げ捨てるなんて、痕跡も残さない気だね」


「この革袋でいいかい? 重石は?」


馬車を走らせていた女性と、荷馬車で私を見張っていた女性。


二人は荷馬車から縄と革袋、そして重石をもってあたりを見渡す。


ゾッと鳥肌がたって身体を動かしていると、栗色の髪をした中年女性が私の腹を思いきり蹴飛ばした。


衝撃で口を塞いでいた布が外れ、倒れた私の口に砂が入り込む。


擦り傷のついた頬と口の中が砂からしょっぱい味を充満させる。


うめき声をあげる隙もなく、砂まみれの布を口に突っ込まれてなすすべもなく革袋に入れられた。


更に縄で身体を締められて、足を動かすしか抵抗する方法がない。


泣きたくないのに生理的に大粒の涙があふれ出し、どんどんしょっぱさと生物が死んだ匂いが近くなる。


(自信なんて手に入るわけなかった。だって一度たりとも私から行動していないんだから)


砂を踏み分ける音から、ガッガッと石を擦り付ける音に変わり、静かに砂浜に打ち寄せていた波は荒ぶる音に変わっていた。


もう光は見えない。


太陽は夜に溶けてしまったのだと、頬に流れた黒髪を見てついに涙腺が崩壊した。



(いやだ! 負けたくないっ!)


「おいおい、ギリギリになっちまった」


喉が焼ける、口が渇く。


血のめぐりが激しくなって、まるで焼けて死にそうだと感覚が麻痺した中で、若く張りのある少年声が聞こえた。


私を運ぶ二人がうろたえて、叫び声をあげて、そのあと静かになった。


同時に私はゴツゴツした岩肌に落下して、ところどころに新しい傷をつくった。


頭の中がじんじんして、鳥肌に肌が繊細になる。


きつく縛られた皮袋が開いて、わずかに太陽の残像で明るい空が広がった。


やさしい色の空に浮かぶ丸い月、まるでそこだけ切り取られたかのように淡く光っていた。


「あんたがレティシア? ずいぶん似てない顔だね」


袋の中に入ったままの私の前に髪の毛をスカーフで隠した女性がしゃがみこむ。


瞳の色は私や王妃と違って鮮やかな赤みの混じる黄色だ。


口元もスカーフで隠れているが、スッと伸びた目元が印象的で左目の下には小さなホクロがあった。


女は私の口に突っ込まれた布に気づくと、スポッと戸惑うことなく抜き取った。


砂も一緒に口から落ちて、口の中に唾液がにじみでてうるおいを取り戻した。


「あなたは、誰ですか? ここは……」


そこまで口にして息をのんだ。


私をここまで連れ去った中年女性二人が岩場で血を流して死んでいる。


首をかっきられて即死したとわかり、胃液があがってきて焼け付く喉に何度も咳き込んだ。


しばらくして落ち着くと、女が短刀で私の拘束を解き、岩場であぐらをかき身体を揺らした。


長い時間、自由に動けなかったことから私の身体はすっかり軋んでおり、身を縮めて女を一瞥した。


「こんばんは、暗黒王女様。リネアの娘」


その言葉に徐々に目が大きく開いてしまう。


王妃の名・リネア。

反応が出来ないでいると女は首をかしげ、すぐにハッとして手の甲を嗅ぎだす。


「ごめん。臭かった? ずっと船漕いでたから匂いついてるかも」


「大丈夫です。……その、あなたはいったい」

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