第24話「相容れない姉妹」
幸せを自覚し、長年の愛に惚けてまだ不慣れな日常に戻る。
《恋の魔法》がなくても心が通じ合っているとわかったものの、王妃の狙い通りに事が進んでいる。
アルベールは大丈夫だと言っているが、この先どうすればいいのかは小さな脳では道も見えてこない。
惚気と憂いにため息をつき、勉強の合間にとる食事の手がなかなか進まなかった。
「いたっ……!」
舌が熱を持ち、鉄の味がスープを上書きして喉に流れていく。
小さな欠片を舌を転がして手のひらでキャッチする。
血の付着したそれをみて傍に控えていたメイドが短く悲鳴をあげた。
「も、申し訳ございません! すぐにお取替えを……」
「大丈夫。毒が入ってるわけではないのだから」
まともな料理は貴重だ。
まともと呼ぶにはいささかイタズラが過ぎる点もあるが、死ぬわけではないと欠片を除けてスープを飲む。
ちっぽけな私の頭でもわかるくらい、大胆な嫌がらせだ。
お茶会を機に発生していることから、さしずめリゼットの命令で動く人物がいるのだろう。
ここには暗黒王女を守るような奇特で、忠誠心のある者はいない。
カロルと二人で塔にいた時よりも人に囲まれているのに、心細さはぬぐえなかった。
(お茶会のことなんて忘れちゃってたのよね。あんなに思い詰めていたのに)
思い出してポッと頬を染める。
お茶会で切羽詰まった状態になり、アルベールの魔法を解こうとした。
だが魔法関係なくアルベールが好いてくれていると知り、いまだに多幸感に浮遊している。
(意外ではあったけれど……)
まさかアルベールがあそこまで幼い頃の想いを拗らせているとは思わなかった。
よほど私が鈍かったのか、見られているとまったく気づかなかった。
疑問に思う余地はあったが、カロルが毎日花を飾ってくれることに慣れすぎていたのかもしれない。
「あ……花が」
バルコニーの近くに飾っている花が枯れていた。
駆け足で寄って花の茎を指で掴むと、茶色くなった花びらが落ちる。
(これは何の花だったのだろう)
王宮に来て枯れた花は見たことがなかったのに、とまつ毛を伏せて花びんに戻す。
「花に悪意を持たせているのかな。だったらイヤだな」
なぜならアルベールが花を通じて言葉を伝えてくれたから。
カロルを仲介してアルベールが言葉を送っていたと、誰が気づこうか。
私にとって大切な花言葉。
アルベールが気持ちを伝えてくれたように、私になんらかの気持ちを抱く人に向きあいたい。
「アルベール様のことはけっして侮辱しなかった。それは間違いなく本物だ」
一対一で話したい。
臆病者の私が嫌われてるとわかっていても、そう簡単にあきらめたくない相手だ。
リゼットは妹であり、絶対に繋がりは消えない縁があるのだから。
(後ろめたさなんてない)
気を使って意思表示を止めることもない。
アルベールへの気持ちは私に一歩踏み出す勇気を与え、向けられた想いは足元の見えない道を照らしてくれた。
幸せを願ってくれたカロルに背筋を伸ばして報告出来るように。
怯えて自分を卑下しているくらいなら、私は「こういう気持ちなんだ」と伝える努力をしよう。
「よーし……! まずはリゼット様にはっきりと伝えなきゃ!」
アルベールへの恋心は口にして、守りの姿勢に入っていたが一方的な感情ではないと。
私を好きだと言ってくれた人の気持ちを蔑ろにしない。
もう誰にも私を傷つけさせたりするものか――!
***
王宮内の回廊は規則正しい間隔に配置されたシャンデリアに照らされ、大理石が艶めいている。
はやる気持ちのままに歩けば滑ってしまいそうだと、慎重に歩く。
やがて重厚感ある扉の前にたどりつき、深呼吸をして中に入れてもらえるよう護衛騎士に依頼した。
しばらく扉の前で待ち、気を重たそうにした騎士がゆっくりと扉を開く。
まだまだ不慣れなヒールで一歩前に踏み出すと、中にいたメイドたちとすれ違いで入ることとなった。
鍵盤が暗雲に覆われた激しさを隠すように音色を奏でていた。
布の厚い赤茶色のカーテンを金糸の束でまとめ、バルコニーに繋がるガラス張りの扉をあけて光を取り込む。
直接光に当たらないが、風を浴びる配置にグランドピアノがあり、そこでリゼットが優雅な川の流れのような音色を奏でている。
深海と未知なる森が混ざった鋭い瞳孔が私を映し、すっと目を細めると鍵盤に滑らせていた指を止めた。
「何しに来たの」
ぞっとするほどに冷ややかで、抑揚のない声だった。
一瞬後退しそうになるも、手首を掴んでぐっと耐える。
「リゼット様に伝えたいことがあって来ました!」
これはある種のマウント行為になってしまうのだろうか。
いや、それで嫌われようがこれ以上の嫌われようもないこと。
誠意の伝え方がわからないので、言葉のままに口にするだけだ。
それくらいに私はコミュニケーションに慣れていない。
「私、アルベール様が好きです」
「……知ってる。それがなに?」
「アルベール様も好きだと言ってくれました! 誰にも譲りたくない! ――リゼット様にだっていやです!」
私のどうしようもない訴えにリゼットは一瞬息を止め、すぐに酸素をのみ込んで立ち上がる。
感情のままに両手で鍵盤を押し、でたらめな衝撃音が天井にさがるシャンデリアの装飾を揺らした。
「誰も認めない。魔女はバランスを崩す存在。悪魔の力を宿した者が幸せになれるとでも?」
まるで審判の鐘だ。
何度も何度も、言葉の節々に重複した音からの振動で肌がひりつく。
「なんでお前のような魔女が母上に大切にされるのよっ!!」
ガーンと叩きつける音と、高さの調整が効く漆の塗られた黒い椅子が倒れる音がした。
深い緑のまわりが充血して、肌が興奮して赤みを増している。
「とにかく! わたくしはあなたを姉と認めません! 公爵様が何と言おうが誰も祝福しない!」
棘を指す。
鋭利さが私をズタズタにして、足元にぽっかり穴が開いたかのようだ。
それでもリゼットにはっきりと気持ちを言いたかった。
この想いに後ろめたさを持ちたくないという自分勝手な理由だ。
正々堂々と見せかけてねちっこい妹姫への当てつけとわずかな期待を混ぜて……。
「それでもリゼット様には伝えたかった」
祝福されないことは苦しくて胸がはりさけそうだ。
それでも私はアルベールをあきらめることが出来ない。
何度気持ちを殺そうとしても、瞳の輝きを見るたびにまた恋をする。
誰にも認められないとしたら、せめて誰に理解してほしいか。
交友の輪がオリアンヌとしか築けていない今の私が心を通わせたいと思ったのはリゼットだった。
形は違えど王妃に届かぬ想いを抱えた血を分けた妹だから。
「キライならそれでいいです。でも枯れた花を飾るのは不快なのでどうかやめていただきますよう」
「……花? なんのことよ」
三白眼になった目でコツコツと早足で迫ってきて、私の胸ぐらをつかむ。
「お茶会からね? 他になにがあるの?」
「えっ……えぇっと、それだけ……。あっ……と、食事にガラス片が……」
うろたえて返答する私にリゼットはため息を吐きながら首を横に振る。
パッと胸ぐらが解放されると、私は不慣れなヒールでよたよたと後ろに下がった。
「出て行って。もう話したくないわ」
「リゼット様……」
「出てってよっ!」
私に背中を向けて、振り返ることもなく拳を握って叫んでいる。
これ以上は踏み込むなという警告と察し、私は回答が思い浮かばずにお辞儀をして部屋を出た。
扉が閉まったあと、部屋から重たい音色のメロディーが聞こえてきた。
叶わない想い、哀愁漂う叫びに似ているような……。
どんどん遠ざかる音に、なぜか涙がとまらなくなって拭うことも出来ずに頬にいくつもの流れ道を作った。
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