第30話「暗黒王女を捕まえろ!」
私は暗黒王女。
この国で嫌われ者の魔女であり、王を惑わして生まれた王女様だ。
好きな人に《恋の魔法》をかけ、罪を犯した。
彼は好きだと言ってくれたけれども、惑わそうとした事実は変わらない。
もしまったく接点がなかったら? 好きになってくれた?
そんなことは考えても、答えは彼にしか出せない。
(アルベール様は好きだと言ってくれたけど、それは本当に正しかったの?)
いつからこの透明な糸は私たちを結んでいたのだろう。
潮風が長い黒髪を乱し、顔に貼りつくたびに指で梳いた。
「船までもう少しだ。目立たないところに停めないと抜け出すなんて大変だからね」
コルネリアの後ろをついていくが足が重たい。
底が厚いとはいえ、ヒール状の靴では砂浜を歩きにくく、ドレスもすっかりベトベトになっていた。
(こんな姿、アルベール様にとてもではないけど見せられないな)
北の塔を出てたくさんの可憐で花のような女性たちを見てきた。
リボンやフリル、繊細な模様のレースをふんだんに使って、耳や首元を宝飾品でいろどる。
簡素なワンピースを何度も洗ってきていた頃とあまりに違って、それでもほつれるとカロルに教わって縫い直した。
カロルは私にとって母であり、同じ時間を過ごせて幸せな日々だった。
カロルのように慈愛に満ちた人になって、いつかは幼子をこの手で抱きしめたい。
あのあたたかさをアルベールといっしょに感じたい。
そう思えば思うほど、切なさに身を震わせた。
――なんだっていい。私はもう欲しいものをあきらめない。
「……魔女だ」
海の反対側には広葉樹がところ狭しと生えており、馬車で体感したガタガタ道はここを通ってきたからだとわかる。
その木々の間から狩りの道具を持つ男性が八人、ぞろぞろと顔を出す。
「なぁ、辺境伯に魔女を突き出せば報酬がもらえるんだよな?」
「あぁ! 昔はそういう時期があったって親父が言ってた」
魔女だ、魔女だと私の黒髪を見るや騒ぎ出し、道具を構えてゆっくりと近づいてくる。
下劣にわらう男たちに怯えて膝を震わせていると、前にコルネリアが庇うように両手を広げて出た。
「お、髪が赤いぞ。この姉ちゃんも魔女なのか?」
「どっちも捕まえればいいんじゃね? それに……なぁ?」
「あぁ」
これは獣の目だ。
ギラギラした目で全身を舐めるように視線を上から下まで向ける。
あまりの気味の悪さに鳥肌を立たせると、コルネリアが深い息をついて肩をポキポキと回す。
「あんまり目立ちたくなかったんだけど。あの女たち、こんな時間に出るとか頭悪いなぁ」
「コルネリアさん。私も……」
――戦うと口にするより先に足元から風が巻き起こり、コルネリアの赤髪が短く揺れる。
熱い、と思った頃にはすでにコルネリアが手を前に突き出して炎の球を放っていた。
「「ギャアアアッ!!」」
一番前に出ていた男性の腕に直撃し、衣服を燃やして肌を黒くした。
溶けた肉片と溢れる血が白い砂浜に落ち、男は膝をついてうずくまってしまう。
「この国は魔法が使いにくいね。だから黒髪が目立つわけか」
「くっそぉ! 魔女が!」
残りの男たちが一斉に襲いかかってくるのをコルネリアが相手する。
だが私を守りながらでは攻撃がしにくいようで、数が勝る男たちが怯むことなく襲いかかる。
「レティシア! 走れ!」
コルネリアが炎を横に流すように男たちを散らすと、その隙に背後に立つレティシアに叫ぶ。
「わ、わたしも……!」
「足手まといだ! どっかに引っ込んでな!」
魔法もろくに使えない私はこの場では無力。
私を庇いながらではコルネリアが力を振るいきれないと、私は背を向けて砂を蹴り走り出す。
靴もボロボロになり、今にも脱げてしまいそうだ。
どこに隠れればいいとがむしゃらに走っていると、また別のところから男が二名姿を現した。
「おい、本命はこっちだ。捕まえるぞ!」
「ひっ……! や……いやっ!!」
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