第22話「それで?」
ざぁっと風が吹き、三色の花びらがアーチから飛び出していく。
これで終わった、あとは目を覚ましたアルベールから不愉快だと罪人を責め立てるのを残す。
それこそブリザードのような肌を斬りつけ、許さないと暴力的になってもおかしくない。
魔法が解けたと顎を引いて汗を握ると、冷ややかに空気が震えだしたのでぐっと唇を噛んだ。
「それで?」
直視できないでいると、頭上から氷が降ってくる。
覚悟はしていたがやはり怖いものは怖いと涙ぐんでいると、ガッと顔を掴まれて空色に鋭く睨まれる。
瞳孔は深い夜空、そのまわりに青空、白磁に溶け込むように神秘的だった。
「それで終わろうなんてやさしさがあると思った?」
なにを言っているのだろう、まさかまた魔法を解くのに失敗したのか。
うろたえて顔を赤くし、じっとしていられなくなって後ろにさがろうとするも、いつのまにかアルベールにがっしりと腰をつかまれ適わない。
もうためらっている余裕はないと、思いきり息を吸い込んで魔法の言葉を口にしようとしたとき、あっさりと唇を塞がれ飲み込まれてしまう。
粉雪のように溶ける口づけから、ねっとりとした情感に迫る熱さに目を回す。
苦しくなって口を開いて、また飲まれてを繰り返し、わけもわからず喉を鳴らした。
足腰が立たなくなり、アルベールに支えられながら肩を上下させていると変わらず冷たいまなざしで私を見下ろしていた。
「魔法がなくても君が好きだと言ったらどうするつもりだった?」
「えっ……」
(好き……? は、え……好き? だってそれは魔法で)
「むしろ好機だと思ったけど。レティシアの気を引けるなら魔法にかかってもいいと」
なんだこれは、と頭がぐわんぐわんする。
激しさに酔ったかと中途半端に指先に力が入って、喉も胸もボッと火傷して、途切れるだけの酸素を吸い込んだ。
「カロルは俺の乳母なんだ」
「えっ……?」
「だけど君が産まれて、北の塔に閉じ込められたと知ってすぐに出て行ってしまった。俺はカロルを敬愛していたからものすごい嫉妬をしたのも懐かしいよ」
待って、これは本当に何が起きている。
私が愚かにも《愛の魔法》をかけるよりもずっとずっと前の話ではないか。
「待って……どういうこと? カロルが乳母って……嫉妬って、いったい」
「すごくムカついていたから城に行くたび北の塔に行って、君が塔から出ていればこっそり石を投げていた」
ものの見事にそんな幼い頃を覚えていない。
そういえばよく気絶してカロルを困らせていたとぼんやり思う程度だ。
「敷地に入るのは許されなかったからいかに泣かせてやろうかと考えた。でもレティシアは結構ずぶとかった。全然泣かなくて、俺も成長していたからイタズラはしなくなった」
図太い、とは褒め言葉なのか、貶しているのか。
言葉の裏側を探れるほど私はコミュニケーションに慣れていない。
「カロルが花を欲しがってな。レティシアが好きだと語っていた。だから公爵家の花をカロルに送っていた」
ぴくっと”花”に反応して繊細になった胸がトクンと音を立てた。
揺れていた視界がはっきりとアルベールをとらえる。
軽蔑なんて一ミリもない、ロマンティックな物語を体現したかのような深くて甘い笑顔があった。
こんなことがあり得ていいのかと、まばたきを早くして顔の火照りにじんじんした。
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