第21話「女のプライド、恋の終わり」
「レティシアさんの言葉には同意しましょう。わたくしがいつ、公爵様を侮辱しろと?」
厳しいリゼットの言葉に令嬢たちはうつむくばかり。
それ以上は何も言うまいとリゼットは緊迫する空気のなかで、一人気品あふれる姿で紅茶を飲んでいた。
彼女なりの正義感と、アルベールを慕う気持ち。
それが伝わってくるからこそ、私は中途半端でいてはいけないのだと思い知る。
アルベールが好き、だが王妃の言いなりはイヤ、いつまでも想いを捻じ曲げたくない。
複雑に入り混じる感情に私はいまだに選択が出来ていないと、あいまいさに浮くばかりだ。
リゼットは怒っているのだろう。
アルベールを惑わす魔女を許せない。
《恋の魔法》からいつまでも解放できない私はただの弱虫だ。
強くなりたいと願うのに恋にすがるばかりで、こんな小娘をアルベールが正気だったならば愛するはずもない。
アルベールに愛され守られて、オリアンヌにやさしくされて、勘違いをしていた。
私の本来の立ち位置は北の塔、暗黒王女とよばれる魔女だ。
私がいてはアルベールの足手まといになり、どう考えても未来に光はない。
「リゼット様、今日はお招きありがとうございました」
(たくさん気持ちを伝えた。夢を見れた。もう……もう充分すぎるほどよ)
「どうかもう二度と、アルベール様を悪く言わないでください。……それ以上言われたら私、何をするかわからないので」
どんどん低くなっていく声に令嬢たちは呼吸を忘れて青ざめる。
「これで私は失礼します」
テーブルに並ぶかわいらしいクッキーやマカロン、どれに手をつけないまま私は立ち上がり、お辞儀をした。
汚らしいと反吐を吐きそうな顔をしてリゼットは指をからめて遊びだす。
母親が違えど姉妹、だがこの先も相容れることはないだろうと背を向け歩き出した。
(嘆くばかりはもうイヤ。いつまでもアルベール様に後ろめたい気持ちがある)
嫌われても、せめて遠くから想いたい。
偽りの愛に溺れて、本当の心を見ようとしないのは私が許せない。
アルベールに会いに行こう。
そしてこの恋に終わりを告げようと、私はすぐさま公爵家に向かった。
***
公爵家に着くと立派な門を通過して、途中で馬車を降りる。
護衛は不要と騎士とメイドを突き放して、お屋敷目指して均一に刈られた草原の一本道を歩く。
入り口が近くなったところで甘い香りが風にのって鼻をくすぐったので、惹かれるままに道から反れた。
以前、アルベールに手を引かれてやってきたバラの庭園、鮮やかな赤い宝石が咲き誇っていた。
白いアーチ状に絡みつくバラは可憐なピンク色、交互に白いバラが続き、風が吹けば花びらが舞い落ちる。
バラのトンネルを一人歩き、夕日色に染まる世界に物思いに沈んだ微笑みを浮かべた。
「レティシア」
心震わす声に振り返ると、可憐な世界で明確な主張をする濡れ羽色の軍服、銀色の髪を夕日に染めるアルベールがいた。
漆黒の髪をおさえながらアルベールに微笑みかけると、アルベールは口を少しだけ開き、すぐさま閉じてずんずんと距離を縮めてくる。
強引に私の手を掴み、歯がゆそうに射るような眼差しを反らした。
「第二王女とお茶会があると聞いていた。……辛いかもしれないと思ったが、臆することでもないと」
「はい。リゼット様はとても人気のある方なんですね。多くのご令嬢が来てました」
声を出してみれば思っていた以上に喉がヒリヒリした。
アルベールの手をそっと引き離して、一歩後退ると深呼吸をする。
これで最後、いつまでも未練がましくアルベールを縛りつけてはダメだと顎を高く上げ、首元をあらわにした。
「アルベール様、好きです」
「レティシア?」
「とてもとても想い焦がれるほどに、恋い慕いました。アルベール様を心から愛しています」
彼を愛したことは私の誇りだ。
もう二度と触れ合うことはないと目を閉じて、誇りを胸にしっかりと目を開いてアルベールの瞳孔を捕捉した。
「フィン・アムール《恋の終わり》」
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