第20話「皮肉だらけのお茶会」

いつまでもうじうじとして、終わりに出来ない。


夢見る期間はあとどれくらいだろうとぼんやり空を眺めながら唇に指を滑らす。


頬を紅潮させ、じんじんする胸の苦しさに首を横に振る。


今日は妹姫のリゼットにお茶会に招かれている。

気を引き締めて、叶うのならば家族として向き合えたらと願う。


オリアンヌのように黒髪を高く結いあげて、空色のドレスを着て城内を歩く。


ヒソヒソ話や避けられることには慣れたと、まつ毛を伏せてぐっと胸を張った。


「あら、レティシアさん。まさか本当に来ていただけるとは」


「お招きいただきありがとうございます。……リゼット様」


王妃とよく似たブロンド髪に、緑の輝きは王妃のものより深く、海と森が溶け込んだ色だ。


なるべく視線は動かさないようにテーブルを囲む人たちを一人一人確認していく。


合計8人、エメラルドグリーンのドレスをまとうリゼットよりも控えめな令嬢たちが優雅に微笑んでいる。


リゼットは常に人に囲まれることが好きなようで、こうしてお茶会でチヤホヤされることに満悦していた。


メイドに椅子をひいてもらい、リゼットと遠く離れた隅の席に腰かける。


本来ならば身分に合わない配置だが、忌み嫌われる暗黒王女の位置としては妥当だろうと空色のドレスに指を滑らせた。


一定の距離感を保ちながら会話を弾ませる令嬢たちを眺め、リゼットお気に入りの紅茶に口をつける。


「そういえばフィエルテ公爵が暗黒王女に夢中だとか」


リゼットに最も近い席に座るペールブルーの巻き髪の令嬢が、カップを置くと同時に切り込んでいく。


その瞬間、リゼットは冷ややかな目をしながらも何も気にしていないように紅茶を飲みだした。


機嫌をみて大丈夫だと判断した令嬢たちがホッと息をつき、拍車にかかったように思い思いに舌をまくしたてた。


「あの氷の騎士、花も寄せ付けぬフィエルテ公爵が毎日のように王女様に会いに来てるそうで」


「あんなにも素敵な殿方がなぜでしょう? 王女様とはいえ、ま……北の塔に住まわねばならない方よ」


「東の魔女は人を操る力があるとか。もしかして本当に魔法を使われたとか」


ここに私はいないも同然だ。


あれだけ私を嫌悪していたリゼットが親睦を深めようとお茶会に招くはずがなかった。


何も言わぬリゼットに令嬢たちはいっそう目を輝かせて、収拾もつかないほどにべらべらと愉悦に浸った。


だが段々とアルベールを悪く言う声も混じりだし、しばらく耐えていた手を握ってドレスに皺をよせる。


マナーがどうだ、品性に欠けるだとか、そんなのはどうでもよく立ち上がるとテーブルに両手を叩きつけた。


「アルベール様を侮辱しないでください!」


しん、と令嬢たちが口を止める。


私は身体を震わせ、テーブルの上で拳を握って令嬢たちをキッと睨みつける。


「私はなにを言われたっていいんです! だけどアルベール様を嗤うことだけは絶っっっ対にダメです!」


私の全力の抵抗に令嬢たちはけわしい顔をして手の甲で口元を隠し、目を三日月の形にしている。


そのなかでアルベールの悪口をかき消して波にのろうとする令嬢が身を乗り出した。



「公爵様はリゼット様と婚約予定だったとか。リゼット様の方がふさわしいですわ! 王妃様もそのように進めて――」


「プロスト令嬢」


令嬢たちがハッと息をのんだ頃、静観していたリゼットがマカロンを手に取り、唇にあてるとそのまま一口で飲み込んでしまう。


上品さは捨てて、獲物を狩ったあとの肉食獣の顔をしてペロリと紅のとれた唇を舐めた。


「うわさ話はほどほどにしないとホラ吹きと呼ばれてしまいますよ」


「……申し訳ございません」


ペールブルーの髪が前に流れ、青ざめて意気消沈する令嬢と同じように他の令嬢も沈黙する。


会話に入ることのない私はリゼットが断絶するように会話をさえぎったのを見て、プロスト令嬢のホラは嘘ではないと悟った。


アルベールを取り込みたがっていた王妃の考えを知れば、リゼットと結婚させて事実上の関係を結ぼうとするだろう。


その話が進まないということは、アルベールが頑なに了承しなかったから。


今では王妃の策略もストップし、リゼットという駒を手放して暗黒王女を利用することに決めた。


それはリゼットのプライドをズタズタにしたのだろう。


光のともらない冷ややかなまなざしで私を一瞥していた。

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