第19話「俺の好きなところ、言ってみて」

高く結った髪を揺らしてひらひらと去ったオリアンヌをいつまでも見つめていると、肩にうずくまったままのアルベールが長いため息を吐き、私の肩を指跡がつくくらいに掴んだ。


「アルベール様?」

「君はすぐにどこかへ飛んで行ってしまうな」


果たしてそれはどういう意味だろうと、首をかしげるとふてくされたアルベールと視線が絡む。


「好奇心旺盛なのはいいことだが、オリアンヌにまで積極的になるといささか不愉快だ」

「ご、ごめんなさい……」

「……わかって謝ってる?」


ぐっと距離を詰められ、ギラギラした瞳に怖気づいてしまう。

花を愛でるようにやさしく触れてくるアルベールが、今は捕食者の目をしている。


アルベールのいろんな表情を見れるのは喜ばしいことだが、これは少し恐怖は上回ると小さく震えた。


ため息が聞こえると、嫌われる恐怖が私の手をわけもわからない行動に移した。


汗ばんだ手でアルベールの輪郭を包み、貪欲になって銀色の髪を撫でて耳に触れる。


こんなことをしても突き飛ばされないのは《恋の魔法》の効力だと、戒めに考えながらも欲張りにうずく心には敵わなかった。


「……レティシア。俺の好きなところ、言ってみて」


言葉を反芻させ、火にあてられて後退ろうとするもがっしりと背中に手をまわされて逃げられない。


びくびくと涙目に震えていると、妖艶なアルベールが近くなるのでどうにでもなれと爆発する。


「私を……一人の人間として扱ってくれるところです」


惹かれる気持ちが止まらないと眼差しを唇に向ける。


「カロルに会わせてくれました。泣くことを許してくださいました。大好きな花を見せてくれました。……バラを、ネモフィラを、くださいました」


この瞳に浮かぶ涙はよろこびで白い瞬きが揺れている。

そのたびに色が交互にひろがって、まるで透きとおる泉で波紋しているかのようだ。


零れ落ちるのは真珠だろうか、ハラハラと落ちる花びらかもしれない。

歓びを敷き詰めたように私はアルベールをいとおしいと魔法を忘れて焦がれた。


「カロルを失った塔はさみしいばかりでした。アルベール様はまるで王子様のように見えたのです。空に飛び込みたいと思ったのははじめてで」

「もういいよ」


ハッと息が止まる。


「もう充分、幸せだ」


どうしよう、汗をかいたから妙に酸っぱくて刺激的だ。

こんな距離は恥ずかしくてたまらないのに、もっと欲しいと突き放すことが出来ない。


魔法に酔って、こんなに満たされていいのだろうか。


もっと、もっと感じたいと唇を震わせるたびに、アルベールは身体を引き寄せて息を荒くする。


声さえも飲み込まれて、高まる興奮に銀色をかきよせて、終わりなんてこなければいいと目を閉じた。


魔女としてでなく、一人のレティシアとして出会えていたならば。


いや、こんなに大胆になれたかもわからない。

こんなに甘く切ない蜜は、どんな見た目の花をしているのだろう。


想像することも叶わないくらい、私が魔法にかけられたかのようにのまれていた。

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