第18話「あたしの口はイタズラ好き」
「それだと軸がブレブレだよ。胸をはって、前を見据えて」
自分がなりたい姿を想像して竹刀を振れ、とオリアンヌの言葉についていこうと心持を強くする。
すぐに自分の生き方が変わるわけではない。
この先も花が好きだし、空を眺めることもいとおしく、本を読むことも積極的になるだろう。
だがまだ知らぬ道が開けていくような感覚に、オリアンヌのように竹刀を握って前を見るのも悪くないと誇らしくなった。
強くなりたい。
王妃の言われるがままに生きたくない。
叶わぬ恋とわかっていても、ちゃんと自分の気持ちを告げて次へ進むために終わりにしたい。
《恋の魔法》にはじまった私の恋物語は、私の言葉で終止符をうつ。
弱いだけの私から、自分で道を選べる私になりたいと空色とオレンジのグラデーションに涙を浮かべた。
オリアンヌと心打ち解けて楽しく竹刀を振っていたが、もともとない筋力を無理やり動かしたことでだんだんと動きが鈍くなる。
さすがに疲労が出てきたと息を吐くと、オリアンヌがふわふわのタオルを投げてきた。
お日様の匂いだとタオルに顔を埋め、汗を拭っていると広場の奥からざわざわといくつもの声が近寄って来た。
「……レティシア?」
同様に汗をかき、竹刀を握って歩いてきたアルベールと目が合う。
汗が首筋に滴り、暑さをやわらげるために少しだけ乱した格好をするアルベールに恥ずかしくなって背を向ける。
(待って。アルベール様、ずるい)
竹刀を抱えてしゃがみこみ、両手で顔を押さえつけてダラダラと汗を流す。
こんなのは私が変態ではないかと恥じらって、固く目を瞑って唇を丸めた。
「レティシア。こっち見て」
「ダメです、アルベール様。見ないでください」
「やだ」
顔にはりついていた黒髪を指を滑らせ耳にかける。
そしてマシュマロを食むように私の耳にかぶりつき、茹でたタコのようにぐてんぐてんしてしまう。
もう限界だと私は力なくアルベールにもたれかかり、火照って涙に潤んだ目を見せまいと頑なに顔をあげなかった。
「あれ、本当に隊長か?」
「嘘だろ……。魔女にそそのかされたか?」
現状に理解の追いついていない騎士たちがヒソヒソと話し出すと、アルベールが顔をあげる。
私にはアルベールの顔が見えず、抱き寄せられて何が起きているかわからなかったが、騎士たちが短い悲鳴をあげてそそくさと訓練を終えようと動き出した。
アルベールは隊長として騎士を率いるだけでなく、公爵としてもスマートにこなす。
まさに文武両道、くわえて女神さえも見惚れてしまうほどの銀色の貴公子だと、ほんのひと時でも距離が近くなったことに惚気てしまった。
魔法がなければ近づくことも叶わなかった人。
こんな素敵な人に本当に愛されてしまったら、きっと臆病な私はどこまでも手の届かないところへ逃げるだろう。
そんな悲しいお別れは嫌だと、せめて痛みに耐えて「ありがとう」と言える私でありたい。
溺れる私は困らせる私にさよならをしたかった。
「さて、あたしはここで失礼しますか」
大きく伸びをして、満足した様子で竹刀をくるっと反対の手に持ちかえる。
「アルベール。レティシアちゃんが頑張ろうとしてるんだから、正直になったら?」
挑発的な発言にアルベールは冷ややかな視線をオリアンヌに投げた。
どちらも譲らずに牙を鋭くして笑っていたが、一歩リードしたのはオリアンヌだった。
「そそのかされてるんじゃなくて、そそのかしてると告白するのが吉よ」
「オリアンヌ。その口切り裂いてやろうか」
「お断り。あたしの口はイタズラ好きなくらいがかわいいのよ」
そう言ってダンスを踊るようなゆったりとした足取りでオリアンヌは歩き出す。
顔をあげた私の頭頂部をポンッとひと撫でし、口パクで「がんばれ」と励ましてくれた。
情熱的で、スッと現れては顔を隠すイタズラな太陽みたいだと、私は湧き上がる歓びに口パクで返事をした。
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