第16話「意外と積極的だね」

剣を握って皮の厚くなった長い二本の指が、口を塞いで私に魔法を使わせようとしない。


物言えぬ状態の私の耳元にアルベールは唇を寄せると、そのままささやいた。


「王妃が王を操っているのは知ってる。俺は王妃の思い通りになるつもりはない」


指が抜かれて私は思いきり酸素を吸い込むと、アルベールの肩をつかんで背伸びをする。


玉のような汗を額や首にかいていると、それを舐めとるようにアルベールが耳を食んでからゆっくりと離れた。


濡れた唇を舐めてニヤリとする姿に、天使を堕としてしまった罪深さを突き付けられた。


妖艶な彼も好きだとメソメソしてばかりの心を叩いて、本能のままにアルベールに抱きついて胸に顔をうずめた。


ケラケラと笑うアルベールに余計に涙が溢れて、拒むことのないあたたかさはカロルとはまた違うと、ときめく胸に刻んだ。


「私、まだ頑張っていいんですか? もう少しだけ、甘えていいですか? 好きでいてもいいですか?」


「積極的だなぁ。誰かを想うのは自由だと思うけど?」


それが叶う叶わないは別にして、誰かを好きになる気持ちは絶対に尊くステキなことだ。


「レティシアに必要なのは愛される勇気だよ」


額にキスがおちてきて、途端に距離の近さを自覚して私は声のない叫びをあげた。


力いっぱいアルベールを突き飛ばして、部屋の隅まで駆けるとカーテンに巻き付いて身を隠した。


楽しそうに笑うアルベールにまた恋心を自覚するも、同時にその勇気は一生持つことがないだろうとため息を吐く。


私を愛する人なんていない。


いたとしたら相当奇特な人で、それを前にして私はどこまでも逃げるだろう。


愛されるはずもないし、受け入れたところで必ずおとずれる失望の日がおそろしい。


永遠に愛してくれるなんて幻想は抱いたことさえない。


こんなおぞましい私は、私が一番大嫌いで、呪ってしまいたくなるほどに。


愛される勇気ではなく、愛されるはずもないと期待するのが私のどうしようもない愚かなところだ。


(私、バカだから。修復できないほどに傷つくってわかってるのに)


この恋はやめられない。


落としたら割れてしまうガラスのような愛だ。


粉々に砕けるまで、アルベールを愛したことだけは誇りに思えるように。


カーテンを手放し、外の光を取り込んで影を伸ばしていく。


日に焼けることに慣れていない青白い腕を伸ばして、精一杯可憐な王女様になるよう微笑んだ。


「アルベール様が好きです。あと何回、好きと言っていいですか?」


それは魔法が解けるまで。


「何度でも」


この恋の終わりは嫌悪、そして憎悪が顔を出す瞬間だ。


王妃の思い通りにはならない。


だがこの恋の決着は、私の手で花を手折りましょう。


***


自分に出来ることを増やしていこうと気合いを入れ、城の敷地内にある王立図書館に訪れる。


王族・貴族しか利用できないそこはガランとしており、ほとんど貸し切り状態だ。


中心に日の光を取り込んで、円を描くように木材がドーム状に交差している。


右を見ても左を見ても本に囲まれ、北の塔で古びた本を読むしかなかった私の世界が拡がった。


護衛としてついて回る騎士とメイドをそっちのけにして、本棚一つ一つを指で追いながら歩いていく。


王妃に送られた教師陣がいるが、それだけでは知識欲がおさまらず胸いっぱいの期待にどの本を読もうか悩んでしまうほどだ。


「あ……」


立ち止まり、横並びにたてられた本の中から一冊、分厚い皮で出来たこげ茶色の本を指で引く。


酸っぱい匂いがして、ずいぶんと古い本だとそのまま手に取った。


「文字、読めないな……」


カロルに文字の読み書きは教わったが、あくまでエステティア王国における常用語であり、古語を読むことは出来ない。


最近、王妃が送ってきた歴史の講師が簡単な古語の読み方を教えてくれたので、この本が古い文字で書かれていると理解した。


パラパラとページをめくってみると、どうやら魔女について記載されているようでなかに女性の絵が多く描かれていた。


王妃も魔女であるが、国へ戻ることが最終目的だと語っていた。


その国とはどこにあるのか、王妃はどういった経緯でこの国に来たのか。


何も知らないのだと読めない本を見下ろしながら、手の甲をぎゅっとつまんだ。


「……レティシアちゃん?」

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