第15話「その言葉はいらない」

答えが出せないまま日は巡る。


カロルに教わった文字で紙に日々の想いを綴ってみるも、ため息ばかりで筆が進まない。


王妃の発言を受ければさっさとアルベールから身を引いて、どこか遠くへ姿を隠すのが賢明だ。


それでも足が動かないのはどうしてだろうと釘の刺された気分に歯を食いしばった。


(次にお会いしたら解呪しよう。……はじめて使ったから失敗しただけよ、きっと)


魔法の扱いは誰にも教わっておらず、気づいたときには《恋の魔法》を使えるものと認識していた。


それが魔女の証とも知らずカロルに問うと、魔法は使ってはいけないと念押しされた。


この国で魔女は迫害され、私が魔法を使えることを知られればたちまち命を奪われると。


そんな恐ろしい力をもっている自分が怖くなり、北の塔から出られないのも当然だと納得した。


今思えば、はじめから魔女とわかって押し込められていたと情けなくなって笑うしかない。


アルベールに魔法をかけたままでは迷惑をかけるどころか、不幸への道を歩むことになる。


(いいかげん、理解しないと。自信よりも考えなきゃいけないことはわかってるんだから)


好きになってもらう努力なんてものは、愛する人を惑わすだけの業だ。


アルベールを解放しなくてはならない。


――解放したくないクセに……。



「王女様。フィエルテ公爵様がいらっしゃってますが」


メイドがいつもの業務的な態度で聞いてきたので、私は青ざめて立ち上がると、その勢いで椅子が倒れる。


おどおど謝るはずの王女がけわしい表情をして拳を握りしめているとメイドが目を見開いていた。


「王女様?」


「いないと言ってください」


「えっ?」


「会いたくないんです。どうか、今はいないと」


胸の前で汗を握りながら訴えると、せっぱつもる様子にメイドはゴクリと唾を飲み込んで慌ただしく部屋から出ていく。


焦がれる相手を想像して、やさしく微笑みかけてくる幸せな思い出が駆け巡り、より一層涙が溢れてくる。


泣いてばかりだと情けなくなって、視界がぼやけるとべたつくまぶたを手の甲で何度もこすった。


「魔法を解かないと。でも……今はっ……!」


もう少しだけ、愛される歓びに酔いしれていたかったとわがままがあふれ出す。


捻じ曲げた想いとわかっていても、瞳に宿る甘さはやみつきになって、牙を突き立てられてもっとと乞いたくなった。


アルベールに触れると私は花の蜜に溺れてしまうんだ。


「……ち……さい」


部屋の外が騒がしいと顔をあげ、のろのろと扉に近づいていく。


先ほどのメイドが甲高い声でわなないていると思ったところで、音が迫りきって派手に扉が開かれた。


あっと目を見開き、一歩すり足で下がると二歩分前に引っ張られた。


「レティシア。嘘はダメだよ」


じんじんと甘さと震えが拡がっていく。


矛盾だらけの心なんて見透かされていて、捻じ曲がった想いのはずなのに火傷しそうなほどに熱い。


光が差し込んで白い粒をまたたかせるように、私の視界はチカチカと忙しなかった。

背中の中心を指がなぞり、ゾクゾクと震えて声が漏れそうになる。


「どうして。いないと言ったではありませんか」


「レティシアは律儀な子だからね。どこかへ行くなら必ず知らせてくれるだろう?」


「そんなこと……んっ……」


口を開いて吐息がもれるとアルベールの匂いが近くなり、どうしようもなく過敏になる。


こんな風にアルベールが身体を寄せてくるのも、イジワルに身体の線をなぞってくるのも、私がそうさせていると羞恥心に襲われた。


全部私がいだいた欲がアルベールの行動を支配して、そのとおりに動かしているのだと火照りに泣いた。


「フィ……フィン・ア……」


言葉にならない。


終わらせようとしても声が詰まって裏返って、魔法は無力と化して大気に溶け込んでしまう。


なけなしの抵抗をみせる私にアルベールは目を細め、濡れた唇に親指を置いた。


「その言葉はいらない」


「ふぁ……」


「レティシア。王妃のことなら気にしなくていい」


確信部につかれ、肩がビクッと跳ねる。


不安定に空を見上げようとして口を開いた瞬間、声は簡単に封じられてしまった。


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