第14話「わたくしのかわいい娘」
この世界で魔女と人間の争いは何度も発生し、お互い相容れることなく対立した。
魔女は異端だと人間が大量殺戮に走り、怒りに呪われた魔女は国を離れて彼女たちのための国を作った。
それでも争いはなくならず、今も世の中で魔女は嫌われ者だ。
「”人外の力を使う者、人に非ず。神を裏切る悪魔の化身”」
それが魔女という生き物だ。
王妃の目は赤い。
だが私の色とは同じようでまったく異なっていた。
あれは血が凝縮された色だ。
ただ赤いだけの私の瞳とは格が違うほどに呪いにまみれていた。
「たくさん殺されたわ。幼い時から仲良くしていた友も、みーんな死んだ」
人にとって魔女の命が砂利を踏む程度のものならば、魔女にとっても同じこと。
「この国を魔女の支配下に置く。根をはって、私は晴れて国へ帰るの」
王妃は立ち上がると重たいドレスを後ろに引きづり、私の顎を掴んでニタリと狂気に満ちた目で笑った。
「お前を塔に追いやったのはこの国が魔女を忌み嫌うから。魔女でなければお前は正当な王女として扱われた」
それはなんと緊迫した、地獄の底から這い出る強い憎しみの言葉か。
まるで私の脳裏に刻みつけ、まぶたに焼きつけ、世界を呪えと言わんばかりの形相だ。
ガタガタと震えて呼吸を荒くし鼻をすする。
直視できぬ王妃の思惑にのまれて、起こりうる最悪の事態が思い浮かんでしまった。
「母上はなぜ、私を助けてくれなかったのですか?」
大好きな花の香りに満ちた温室で、わずかな草の揺れや生き物の土を動かす音に敏感になった。
一瞬、王妃は瞳を揺らし、すぐに光のないくすんだ目をして赤いルージュを歪ませた。
「助けてもらえぬのが魔女。足手まといのお前にこの国を支配するのは無理」
肩をつかまれ、ぐっと指先で押される。
するどい爪が肉を抉るように深々と刺さり、今にも肌を切り裂いて血を吹き出しそうだった。
「だけどお前は魔法が使えた。しかもあのフィエルテ公爵をおとした。はっ! 魔法を教えていないのに、まさか《恋の魔法》で心を奪ってしまうとは! さすがはわたくしの娘。なんて愉快なの!」
物事が冷静に考えられない。
麻痺してしまった状態で、割れるような頭痛に悩ませ、ガチガチと歯を上下に震わせた。
この力は国をも支配すると思い知り、己の恐ろしさに崖から突き落とされた気分になる。
王妃は魔法を使って王の心を支配している。
あの虚ろに王妃を肯定するのは、すでに王家は食われた状態を意味する。
そうなれば王妃が次に狙うのは貴族だと、着実に進行する魔女の支配に私は手のひらを見下ろした。
ゾクッと背筋が震え、呼吸が止まる。
動揺に見開かれた目がとらえたのは、粘り気の強い液体が手に絡みつく幻だった。
「ひっ!?」
「お前に《恋の魔法》を使う勇気があるとは思わなかった。でもそれでいいの。ほしいものはなにをしてでも手に入れないと」
「あ……ぁあ……」
「お前は魔女。わたくしのかわいい娘。……もう蔑まれる必要はないのよ」
耳元でささやかれ、王妃は私の黒髪をすくって指の腹で撫でる。
その指が目元をなぞり、白い輪郭にすべらせて落ちていく。
逆光で王妃の顔は見えなかった。
温室のガラス越しに光が散乱して、背中を向け出ていく王妃のブロンド髪が艶やかに輝いていた。
私は椅子から崩れ、さめざめと泣くばかり。
(ちがうちがうちがう! 私が欲しい自信はこれじゃない!)
吐き気に襲われても、吐き出せるものはなく口の中が酸っぱくなるばかりであった。
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