第13話「破滅の魔女」

多くの人が出入りする王宮での暮らしはいまだに慣れない。


ここはどこを歩いても華美で、目が休まるといえば眠るときにバルコニーに出て月を眺める時くらいだ。


北の塔で暮らしていたときよりも独りを感じる。


塔を見張る兵士とは話すことがなかったが、いつも花をもってカロルが来てくれたので寂しくなかった。


今は心のよりどころであったカロルもおらず、マナーを中心に勉学に励んで忙しくして何も考えないようにした。


「ちょっと。こちらには近づかないでとあれほど言ったじゃない」


王妃に呼び出されて向かっていると、ブロンド髪の女性と鉢合わせする。


彼女はリゼット・エステティア、この国の王女であり私の妹にあたるそうだ。


「申し訳ございません。ですが王妃様に……」


「……母上はなぜ暗黒王女を気にかけるのかしら。魔女のくせに」


むき出しの嫌悪に私はうつむき、壁に寄ってリゼットが通り過ぎるのを待つ。


リゼットは妹でありながらブロンド髪で、魔女ではない。


母が魔女であることを知らないようだが、あくまで私は”暗黒王女”という枠組みでしかないようだ。


兄のロドルフも私を妹としてみなしておらず、なぜ私だけが魔女なのか疑問に思っても口に出せぬ日々だった。


「レティシア。そこに座りなさい」


温室に足を運ぶと王妃が優雅に紅茶を飲みながら向き合った位置にある椅子に座るよう促す。


はっきりした輪郭だが垂れ目に色っぽい王妃、まるで私と持つ色が正反対だ。


リゼットの母ならば納得の容姿だが、王妃の本来の色は私と同じ漆黒の髪に真っ赤な瞳。


この国で魔女は嫌われ者なのに、なぜ王妃は女性最高位の椅子に座り、魔女を隠しているのか。


いつまでも問わずにはいられないと口を開くも、どう問えばいいのかわからずに声を詰まらせた。


それを見て王妃はクスクスと赤いリップを震わせて艶やかに目を細める。


「ここに来る最中、リゼットに会ったそうね」


まるで私の心を見透かすような発言に心臓が握りしめられる。


じわりと汗をにじませて王妃に伺いの目を向けると、王妃は楽しそうにクッキーを頬張ってペロリと唇を舐めた。


「わたくしと血が繋がっているのはお前だけよ」


縮みあがる私を前に突如、王妃は唇を湿らせてうっとりとした眼差しを向けてくる。


「ロドルフは前王妃の子。お前とほぼ同時期に生まれたの。そのあとすぐに前王妃は悲しいことに亡くなった」


この世界の黄金すべてを塗りつけたといっても過言ではない滑らかな髪を指ですき、その手で目元を二本指でかっぴらく。


翡翠色の瞳がもとの深いルビーにじわじわと侵食されていった。


「この色は前王妃と交換したの。だからロドルフはわたくしの子として育てたわ。あの子もそれを信じている」


指を話して恍惚に頬を染めるさまはまるで獲物を食らった雌のライオン。


黒に染まれば死骸をつつくカラスそのものだった。


「……リゼット様は、誰の子ですか?」


声が震える。


王妃とアイコンタクトをとるのが怖くて視線をさまよわせ、汗を握るばかりだ。


それを王妃はわかってあくどい笑みを隠さないのだから、世の中に認識される魔女そのものだった。


「あの子の母は誰だったかしら。あとくされのなさそうな女に産ませて、わたくしの子として大切に育てたわよ」


「あなたと血が繋がっているのは私だけ、ということですか?」


情けない問いに王妃は満足そうに眉をあげて肩を引いた。


これだけの会話で王家の内部事情が見えてきた。


この女性は正真正銘の魔女であり、王を籠絡して操り人形にしている。


ロドルフの母は殺害後、魔女の烙印を押された。


すべてを闇に葬り去った現王妃は王位継承者を産んだ母として君臨する。


本当の娘は魔女として北の塔に押しやって、その後はリゼットを姫として迎えた流れだ。


人の命をなんとも思わない非道な女性だと、燃えるような感情に私は唇を噛みしめて睨む。


花を踏みつける愛のない人が血のつながりのある母だと思うと情けなくて、口の中が鉄の味で充満した。


「お前はこの国で魔女として差別を受けた。魔女は忌み嫌われ、国を破滅に追いやる者としてたくさん殺された」

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