第11話「情熱的な夕暮れの色」


「オリアンヌ様! 痛いです! 離してくださいぃ!」


目に涙を浮かべて抵抗すると、オリアンヌは簡単に手を離した。


ヒリヒリの残る頬を指先でもみ込んでいると、オリアンヌがジロリの眉間にシワを寄せて一瞥する。


「あなた、もう少し自分を大切にした方がいいわ」


「大切……?」


「育った環境を思えば仕方ないのでしょうけど。自信のない女がアルベールのとなりに立つと苦労するって言ってるの」


貴族社会の女性は肉食動物そのものだ。


華やかさを競い、宝飾品に鼻を高くして、いかに地位の高い男性を射止めるかが勝負の世界。


かよわい女性は淘汰され、壁際の花にもなれず婚期は遅れてみじめな人生となる。


アルベールは令嬢たちにとって最高の獲物であり、完璧な存在だ。


麗しい容貌に、騎士としても名をはせ、若き公爵として領地の発展にも貢献している。


狙っている令嬢は数知れず、なかには狂気的に熱愛する者もいるのでたくましさが必要だとオリアンヌは説教混じりに語った。


圧倒されるばかりに瞬きを繰り返すと、オリアンヌは荒く息を吸ってためらわずに黒髪を指に絡めた。


(あ……)


「前王妃で魔女とはいえ、あなたは王族なのよ。そこは強気に出ていいわ」


オリアンヌの発言に疑問はあったが、今はそこに注視しない。


「アルベールが好きになった子だもの。魅力的な子なのは間違いないわ」


空の色が拡がった気がした。


憂いた心を励ます情熱的な夕暮れの色。


幻想世界との境界をあいまいにする色は、黄昏た心に道を照らしてくれるやさしい色だと知った。


銀色の光をまとう空の彼が脳裏によぎる。


私はきっと、オリアンヌのことも好きになる。


そうわかってじわじわと胸が熱くなることにはにかんだ。


それを見てオリアンヌは目を丸くし、気の抜けたようにクスッと穏やかに微笑んだ。


「かわいいじゃない。花のような子ね」


「花……ですか?」


「可憐な百合。……いいえ、スズランかしら」


誕生日になるとカロルがいつも持ってきてくれた花だと思い出す。


小さな白い、丸っこい花でつい指で突いてみたくなるあいらしさだ。


バラも、ネモフィラも、スズランも。


大好きな花のなかでも特別好きになったと、ほんのり頬を染めて満たされた想いに微笑んだ。


「ありがとうございます、オリアンヌ様。私、その言葉にはげまされました。後悔のないように、がんばってみたいと思います」


いつか訪れるサヨナラの日。


だけど好きになったことだけは本当の心だ。


せめてこの甘ったるい時間だけはアルベールのとなりにふさわしい女性でありたい。


ネモフィラのように可憐な女性に、想う心はスズランのように、愛されるバラになりたい。


この魔法が罪として刻まれるまで、私は彼のとなりで咲きたいと願った。


「アルベールがいなくても素敵よ。恋愛が自信をつけるんじゃない。どんな自信を持ちたいかを大切にしてね」

「どんな自信……」


オリアンヌが納得してうなずくと、またほっぺを引っ張られたのでこれはしばらく痛いままだと泣きっ面に笑った。


そうして戯れていると、扉の向こう側がさわがしくなり、バタバタとした足音が小刻みに聞こえた。


荒々しく扉が開いて、騎士がうろたえるなか真ん中に立っていたのは目をメラメラと燃やすアルベールだった。


「オリアンヌ! お前、何をしようとしている!?」


「あら、アルベール。ごきげんよう」


「ごきげんよう、じゃないだろう! 気分は最悪だ!」


「きゃっ!?」


大股に歩み寄って来たアルベールが乱暴にソファーに座ると、私の肩を引いて抱き寄せる。


あまりに近い距離に私は落ち着いて座っていられなくなり暴れるも、力強いアルベールの腕が話してくれなかった。


うなじに唇があたって、胸やお腹がソワソワして許容量を超えてしまう。


目の前にはおかしそうにいたずらっ子の顔をするオリアンヌ、後ろにはシャーシャー猫のアルベールと挟まれ、恥ずかしさに心臓が破裂した。

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