第9話「たくさんの空を見ていたい」

その後、まだ価値を見定めぬ疑心に満ちた目で私を見て、太陽が沈まぬうちにオリアンヌは去っていった。


オリアンヌの言う通り、私はアルベールに愛される資格を持たない。


身勝手にアルベールを掴んで離さないだけであり、まさに期待外れにもほどがある。


執拗に、真っ黒な手でアルベールの心を握るおぞましい女だ。


(オリアンヌ様が腹を立てるのも当然だ。アルベール様のとなりに立てる人間じゃない)


そうしてあきらめる、それがいつもの私だった。


失敗にばかり目を向けて、心をあやふやにさせて本心から逃げる。


(アルベール様の心は歪めてしまったけど、私の恋心はまっすぐなの)


「レティシア」


黒髪を指に絡めながら耳にかけ、そこに透きとおる青の心が添えられる。


本物だと錯覚しそうになる熱さは泣いてばかりの私にネモフィラが一輪、あざやかに咲いた。


「……べつに、恩返しがしたかっただけだ」


「アルベール様?」


その瞳は憂いた空、星が流れ落ちるようにゆらゆらとして私の心を握って離さない。


「魔女だから好きなんじゃない。ただどんな娘だろうと、遠いシルエットと話で想像していた」


(どうしよう……)


いまさら戻れないかもしれない。


喉に小さなしこりがある感覚と、涙がハラハラ流れることが嫌になって唾をゴクリと飲み込んだ。


「アルベール様……」


「ん?」


口の開きにじっと目を奪われて、空想にふける。


私は罪を犯した、けれどさらに罪を重ねたいと思うほどにアルベールに惹かれる気持ちを止められない。


魔法は解かなくてはならないけど、心まで封じる必要はないはず。


「最初は空に落ちました。……今はいろんな空を見たいのです」


カロルを失った私の心に寄り添い、雨を腫らしてくれた方。


花でいろどり、どんどん私の言葉を引き出してくれる人。


魔法がなくてもアルベールのやさしさは本物だと、慈愛の瞳が語ってる。


いつかそのまなざしに軽蔑が宿るまで、私は刹那のひとときにありったけの想いを伝えてみよう。


「好きです。アルベール様が好きです」


恋の罪に飲まれながら卑怯にも愛を伝える。


報われなくても、私の勇気のはじまりはあなたであってほしいから。


好きになってもらわなくていい。


そもそもそれはありえないことで、私はどうしたらいいかわからなくなる。


好意は私にとって恐怖、だけど好きになったのは私にとって震えるほどに革命的なことだった。


「好きでいてもいいですか?」


「……うん。俺もレティシアが好きだよ。後ろめたさなんてない」


両手で顔を包まれ、視線が絡み合う。


「まぁ、思ってたより引っ込み思案だったけど」


額がコツンとぶつかって、あまりの距離の近さに触れた箇所から全身に熱が拡がる。


粒上の汗が噴き出し、口ごもってアルベールの胸をおすと、アルベールがふざけてニヤッと笑い、私の手を引いて立ち上がる。


「好きなことには素直になるのが下手」


真っ暗な闇夜と溶けきらぬ青、銀色はまるで遥かかなたに輝く届かぬ天の川。


触れてみたいと思う反面、戸惑いの方が強くてソワソワと身体を揺らす。


「好きでいていいかって、疑問では困るんだ。そうでないと俺が恥ずかしい」


(あ……)


耳まで赤くなっていると、指先からも火照りが伝わってくる。


「今は怖がっててもいいよ。簡単に信じられるほど、慣れていないだろうから」


手で口をおおい、喜びのもとから目を反らす。


魔法が解けたとき、どれだけ憎しみを抱かせることになるだろう。


今すぐにでも解呪するのが良いとわかっていても、もう少しだけと欲にあがいてしまう。


いっそ私の心臓が打ち砕けて、二度と彼を見ることのないよう焼けてしまえと嘆くほどに。


(自信が欲しい。魔法なんてなくても想いは本物で、同じものが返されてるんだって)


短く途切れる熱い吐息のなかに、声にならない本音が紛れ込む。


どうかアルベールが本当に好きな方と結ばれますように。


(やっぱり私は大ウソつきだ)


……卑怯な魔女は酔ってみたかった。


のめりこむくらいに恋をして、好きだと言えたことに満足するまで……。


いつ訪れるかもわからない熱の冷める日に、まだ来ないでと願うだけ。

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