第8話「期待外れの王女様」

「まぁ、王女様に話しかけてもらえるなんて光栄だこと」


目の前がグルグルして、吐きそうだ。


こんなにも強い女性を前になにを語ろうというのか。


人の心をねじまげる魔女はなにをするかわからない。


もう魔法は使わないと戒める以外、なにも手にしてはいけない。


血の気が引いていき、あたたかいはずなのに震えて腕をさすった。


「……レティシア。オリアンヌが怖い?」

「ぁ……」


か細い声が出てしまい、とっさに後ずさって両手で首に触れる。


オリアンヌに対しても失礼なことをし、なにかを言うことも出来ない臆病者。


ジロリと見下ろされれば余計に首を締めつけて、目を固く瞑った。


「思ってること、口にしていい。ここでは誰も怒ったりしない」


手にやさしい温度が重なり、強張る指先を解いていく。


風が吹き、大嫌いな黒髪が後ろに流れてしまうのに気にも留めないくらいに目の前の空に釘付けになった。


がんじがらめになっていた喉の締め付けがゆるんで、なけなしの小さな声がオリアンヌに送られる。


くっきりとした目元に長いまつ毛、燃えるような瞳に見られると北の塔で部屋の隅に隠れていた私が顔を出す。


カロル以外に懐けなかった私が、償いのためにどうしたらいいのか悩んでいる。


それは私の罰であり、一生かけてアルベールに謝らなくてはならないこと……だけど。


『どうか幸せになることをあきらめないでくださいね』


カロルが願ってくれたやさしい想いのことも、ちゃんと悩んでいきたいから。


「オリアンヌ様はアルベール様とどういう関係ですか!?」


ぐっと手を握って胸の前に置く。


裏返った声と想像以上に切羽詰まったキツイ口調に一番うろたえるのは私。


だがオリアンヌにとっても意外だったようで、度肝を抜かれた顔をしたのち、穴が開くほどに私を凝視した。


「なんだ、ちゃんと言いたいこと言えるじゃない」


にやっと笑い、指で手のひらを叩きながら距離を詰める。


「あたしはアルベールの従姉妹。彼があんまりに夢中だから気になっただけよ。不安にさせたならごめんなさい」


「悪趣味だ。オリアンヌは人を泣かせるのが趣味なんだ」


「……ある意味、あなたの方が人泣かせよ」


軽蔑のまなざしにアルベールはにっこりと光の波のように微笑む。


従姉妹であり、アルベールとは「恋も愛もない」と言い張るオリアンヌに私は腰を抜かしてその場に座り込んだ。


「レティシア!?」


(あぁ、どうしよう)


答えが予想通りだったとしても、私はそれを支持するだけのはずが、こんなにもホッとしている。


胸が痛くて立ってもいられなくて、目の前でしゃがんで声をかけてくるアルベールを直視できない。


安堵して、痛感する。


私はアルベールと出会った瞬間に、どうしようもない恋に落ちていたのだ。


やさしさに触れて戻れないほどに幸せに夢をみた。


彼の心は私が上書きした偽りの答えで、ちゃんと消して書き込みをなかったことにしてしまいたい。


そうしなくてはならないのに、頬を撫ぜられれば喉の蓋がとれてしまいそうだ。


「ごめんなさい、アルベール様。ごめんなさい……」


いつまでも未練がましく彼の背中を見つめるだけならよかった。


誰にも気づかれずに私だけがいなくなって、本当に愛されるべき人と結ばれてくれれば大丈夫だと。


……そんなうそつきに、逃げ場なんてない。


「謝るより、どうしたいか言ってほしいよ」

「私は……」


言葉がわからない。見つからない。


私は魔女であり、アルベールを誘惑することを求められて生きている。


そんな母の残酷な命令に逆らって、今すぐにでも解放するのが一番だ。


それがわかっているくせに彼の瞳を誰よりも近くで見ていたいと、甘く低い声で名前を呼んでほしいと欲を抱く。


あさましい暗黒王女、人を惑わす魔女だ。



「あたし、泣き虫はキライなの」


グズグズする私にオリアンヌが冷めた目をして二の腕を組む。


太陽にも見放されたと私が力なく笑うと、オリアンヌはカッとしてアルベールを押しのけて私の胸ぐらをつかんだ。


「アルベールが誰かを好きになるなんてはじめてだったからどんなものかと思ったけど、期待外れね! 暗黒王女、その呼び名のとおりだわ!」


湿気にまみれた北の塔の王女。


自ら日の当たらぬところへ逃げ出すいくじなしだ。


「オリアンヌ」


それは氷の星が降ってくるかのような、ネモフィラに溶け込む冷ややかさ。


太陽の光はいらないと言わんばかりの夜が馴染みだす深い色が立ち上がってオリアンヌを尻目に見ていた。


オリアンヌは顔を赤らめて、ふいっとそっぽ向き、離れ際に小さな声でアルベールに一言投げていた。

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