第7話「王女様の好きなもの」
パーティーの翌日、さっそくアルベールが城に訪れてきたので大慌てとなる。
メイドが乱暴な手つきで黒髪をまとめ、簡素なドレスワンピースを着せてアルベールの前に突き出した。
何一つ気持ちの整理がついていないと、罰が悪そうにうつむいているとアルベールがスッと前に手を差し出す。
「レティシア。少し楽しいことをしよう」
その言葉に目を丸くして首をかしげる。
いたずらっぽく瞳の奥を輝かせるので、不意打ちに胸が高鳴り頬が燃えるように赤くなった。
馬車に乗って連れられたのは、彩り豊かな花畑だった。
身分問わずに人でにぎわう花畑は公爵家の領地の一つで、自由に花をめでたり、草原では乗馬を楽しむことができた。
まるで一つにまとまった舞台のようだとワクワクに目を輝かせる。
「アルベール様! あの花……黄色いの。マリーゴールドですね! カロルから教えてもらいました! あっ、あれは……!」
浮きたつ気持ちに私は何もかも忘れて駆けまわる。
北の塔がある敷地から出ることはなかったが、カロルがいつもいろんなことを教えてくれたと心躍らせた。
(あ、青い花……)
パッと振り返ってアルベールの瞳を見つめる。
光の下ではもう少し明るいが、雲がかかった場所ではこの花によく似た色になると高揚感に酔う。
「この花は知りません。……なんという花ですか?」
顔色をうかがうようにチラチラとアルベールに問うと、アルベールはクスッと口に手の甲をあてた。
「ネモフィラ。かわいらしい花だ」
アルベールはしゃがみこむと、指先で花びらをつつく。
ふわっとした微笑みにひきよせられて、私はアルベールのとなりにしゃがむと飽くことなくネモフィラを見つめた。
(いいな。花はやさしい。私の世界に色をくれる)
アルベールは花ばかりを見つめる私に青空を見せてくれた人。
空にもたくさんの色があって、夜になると星がきらめくことを教えてくれた。
見つめられると夜に溶け込むグラデーションにトクトクと胸が音をたてた。
「よかった。こういう場所があったらいいと思ってたから。花は好きなんだよね?」
「はいっ!」
その問いに私は答えを迷うこともなかった。
爽やかな気分になるほどに、私の声は気持ちを確認する前に飛び出していた。
バラの庭園ではしゃいだからだろうと、後になってハッとし、恥ずかしさに顔を下げる。
カロルの思い出話もあり、花を特別いとおしいと思う気持ちを見透かされていた。
アルベールの寄り添うやさしさに頬を染め、勝手にあがってしまう口角を指先でおさえる。
こんなにも甘いのはダメだとわかっているのに、すっかり中毒になっていた。
(好きになってもらいたい。そんな素敵な女性になりたい。……ううん、それはありえないわ。だけどせめて……)
今の私が好きだと言ってもアルベール様は100%の愛を返してくるだろう。
そう”愛するように”私が魔法をかけたのだから、アルベールに想われて当然となる。
このやさしさも愛する人に向ける行動を思うとなんて皮肉なんだと肩をすくめて背中を丸めた。
「レティシア」
前に流れた黒髪を指先で背中に送り、肩をおしてアルベールが熱いまなざしを唇にむける。
そのまま顔が近づいて、身動きがとれずに目で追った。
「アルベール!」
だが唇が重なることはなく。
その気があると身を寄せ、濡れた眼差しを向けていたが、それを引っ込めて呼び声へ視線を送る。
昼と夜の境目に情熱的に世界を染める色。
クラシック調のドレスワンピースに、つばの大きい白い帽子をかぶったオリアンヌが寄ってくる。
花畑を散策するにはちょうどよい編み上げブーツの裏側で土が躍っていた。
「オリアンヌ? どうしてここに」
「あら、貴族だからと花を見に来てはいけないわけではないでしょう?」
「少し意外だっただけだ。君は花を愛でるようなタイプではないから」
「……あたしにも花を愛でるたしなみはあるわ。ところで……」
チラリと細めた目でこちらを見下ろすオリアンヌ。
「王女様はなぜここに?」
「あ……」
「俺が連れてきたんだよ。レティシアは花が好きだから」
「ね」と微笑まれて身を引くようにうなずく。
晴れわたる空に見つめられるのも、そこに映えるであろう鮮やかな日の色も、私には強すぎて息が出来なくなる。
まるで彼女の目は狩る者、何者も頭を垂れてしまう苛烈なライオンだ。
ぶるぶる震えるだけの小鹿は簡単に捕食されてしまう。
いったい、オリアンヌはアルベールとどういう関係なのだろうと、気にはなっても声が震えそうで口を開くだけだ。
「レティシア。オリアンヌになにか言いたいの?」
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