第6話「いつわりへの罪悪感」

「ははっ……やっぱりおもしろい」


(おもしろい!?)


からかいから慈愛の目に変わり、アルベールはオリアンヌに挑発返しをした。


「時間はこれからかけていく。今日は連れ戻しに来たんだ。気まぐれなネコはすぐに逃げてしまうから」


アルベールが軽快な足取りで私の手を掴むと、オリアンヌの横を抜けてまっすぐに王妃のもとへ歩き出す。


もたつくばかりの私は上機嫌の後ろ姿に混乱しきって、喉が焼ける痛みに翻弄された。


足をとめ、アルベールが片膝をついて優雅に王妃にお辞儀をする。


王妃は興味深そうにアルベールを数段上の玉座でこめかみを指で叩きながら見下ろす。



「国王陛下、王妃殿下にご挨拶申し上げます」


「あら、フィエルテ公爵。曲がりなりにも王女を連れてどうしたというのです?」


王妃はレティシアの母として接しないどころか、それを伏せている。


あくまでロドルフの母であり、レティシアは王が気まぐれに作った私生児とされていた。


黄金の髪で魔女の姿を隠す王妃はそれは笑みをこらえるのが必死と言わんばかりに口角を歪ませていた。



「不躾ながら。レティシア王女と正式にお付き合い、及び将来は婚姻関係を結びたく参った次第です」


「こっ……!?」


アルベールの言葉に一番驚いたのはレティシアだった。


どんどんことがおかしな方向に進んでいると泣きそうになると、アルベールがおだやかに微笑むので余計に打ちのめされそうだ。


なんとか修正しなくてはと口を開くが、王妃と目があい鋭く射られて言葉が出なかった。


「婚約……ですか。ずいぶんと大胆におっしゃりますこと。お二人は出会ったばかりではなくて?」


「理由は控えさせていただきます。まずは彼女に信じていただきたいので」


「……とのことですが、王。この申し出はどう……「ちがいますっ!!」


王妃の言葉をさえぎって私は喉を引き裂きながら叫ぶ。


アルベールの手を振り払って固く拳を握りしめると、背中を丸めて強張った顔を地面に向けながら言葉を続けた。


「あ……アルベール様は酔っておられます! こんな戯れは皆様を困惑させ……」


「レティシア」


肩がビクッと跳ね、やけに呼吸音が耳にはりついた。




粒上の汗が赤い敷物に落ちて、じっとりした感覚に顔をあげることが出来ない。


拒絶しているのは私だと言うのに、ほんの少しのため息を耳にして胸が苦しくなった。


一方通行な二人に、王妃が扇で顔を隠して「オホホ」と現状を楽しんでいた。


「もう少し話し合いが必要かもしれませんね」


「……そうですね。また改めてご挨拶いたします」


「そう……。レティシア、”しっかり”ね」


ゆっくりと顔をあげ、王妃に怯えた目を向けると、王妃は牙を隠した蛇のように舌なめずりをする。


ゾッと背筋が震え、同時に王妃の言いたいことを察して私は重圧に押しつぶされそうになった。


”アルベールを誘惑しろ”と王妃は命じている。


魔女として支配しろと言い、気弱に震える私の行動を操作した。


四方八方塞がれて、どうしたらよいかわからなくなる。


アトラクションのように事が次々と起こると騒然となる場内を王妃が笑って鎮めた。



「レティシア。また会いに来る。……逃げないでね」


額にキスをされ、馬車に乗りこんで城から離れていくのを見送るだけ。


夜の闇に溶け込むと、気持ちがあふれ出して涙を拭うこともなく嗚咽した。



(好き。好きです、アルベール様。でもあなたの想いは偽り……)



王妃がこのまま続けろと促すが、それが余計に悩みを複雑化させた。


アルベールを魔法から解放するのが最善とわかっていても、私はその一歩を踏み出せない。


王妃の思惑にがんじがらめとなり、恋の矛盾に抗えずに欲を抱く。


愛してほしいと思う反面、それはなんと恐ろしいことなのかと打ちひしがれる。


少しでも早く魔法を解いてしまいたいのに、呪わしくもそれが出来ない私を許してと、さめざめと泣くばかりだった。


(好きだから。好きになってほしい。だけど好きにならないで)


こんなにも弱虫で、最低な私は私が一番キライ――。

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