第5話「うそつきの恋」
会場を出て、城の敷地にある庭園を歩く。
月には雲がかかっており、外灯がともっていても色をはっきりと認識するには心もとない明るさだ。
それでも夜空の下、銀色の髪は一本一本が透きとおるように眩いと瞳に涙がたまった。
「急に走ってごめん。こうでもしないとちゃんと話せないと思ったから」
「……どうして。私、ちゃんと……」
「ちゃんと伝えればよかった。不安にさせたかったわけではなくて」
振り返って、熱っぽい視線を向けられて歓びに身体が震えた。
あれほど自分を罰したというのに、ふたたび見つめられれば情けないほどにソワソワしてしまう。
これでは勘違いしてしまうと、うぬぼれる考えに首を横に振った。
(どういうことなの? 魔法がまだ続いてるなんて……)
こわい。
これが愛されるということならば、あまりに歪んでいる。
意志を捻じ曲げた恋心。
愛することを体現した恋に動かされる好きな人。
うずくほどに嬉しいくせに、罪悪感が拒むしか道はないと訴える。
好きになってもらえる女性になりたいと願いながら、矛盾して突き飛ばすしかないと汗をにぎりしめた。
今度こそ間違いなく、この恋は終わらせなくてはならないと……情を振り切ってアルベールの瞳を見た。
「フィ、《フィン・アムール》」
「……それはなにかの呪文?」
顔色一つ変わらない。
解呪しているはずなのに。アルベールに届いていないと喉の熱さに身を震わせた。
(出来ない……)
指先から力が抜けていく。
この瞳に一度見つめられればもう逃げられない。
歓びを覚えてしまった以上、振り切ることは身を引き裂かれる想いと同等だった。
(わからない。愛されるって、なに?)
「レティシア。君が好きだよ」
手首を引かれ、星に抱かれる。
「頼むから終わらせないでくれ。ずっと……ずっと我慢してたんだ」
これが愛されるということならば、私は目を背けたい。
「好きになって……。本当にレティシアが好きなんだ」
私なんかが愛されるはずもない。
北の塔で日の光に駆けまわることを許されなかった暗黒王女。
ただひとつ、人の心を捻じ曲げる《恋の魔法》を扱える禁じられた血を引く魔女だ。
「……うそつき」
ポツリと呟いた言葉をふさぐのは、濡れた唇の重なりだ。
アルベールの本当の心はどこにあるのだろう。
人を好きになるのはむずかしい。
好きになってもらうのはありえない。
本当のアルベールが好きになるのはどんな女性?
正しい場所にあるべき心を、棘となって逃さない。
魔女とは恐ろしい生き物だと、私は目を閉じて、背伸びをして銀色を掴んだ。
「アルベール」
パーティー会場に戻るとすぐに駆けより声をかけてきた令嬢がいた。
夕日のように情熱的な色の髪を編み込みでまとめ、同色の瞳をまっすぐにアルベールに向ける。
豊満な身体に、シックな紺色のドレスをまとう令嬢にアルベールが気さくに微笑みかけた。
「オリアンヌ。珍しいな、君がこういう場に来るとは」
「だってあの暗黒王女のお披露目よ? そんな愉快なことないでしょう?」
チラリ、とオリアンヌは視線をこちらに向ける。
アルベールの後ろで小さく震えるだけの私にオリアンヌは鼻で笑うと、扇で顔の下半分を隠した。
「名前負けね。まるで小鹿のようだわ」
「そんな風に言うな。レティシアに嫌われてしまう」
「先ほどのおかしな行動といい、あなた。まさかその娘に惚れてるとでも?」
「そのとおりだが、なんだというんだ」
挑発的なオリアンヌの言葉にアルベールはしかめっ面をして低い声で受け取った。
堂々とした宣言にまわりはまたざわついて、オリアンヌは尻目に舌打ちをして強く息を吐く。
「ありえないわ。ずっと北の塔にいたんでしょ? いつ好きになる時間があるのよ」
「時間が必要か? ……いや、必要か」
自問自答してアルベールはため息をつくと、私の手を掴んで前に引き出す。
気弱にあたりの様子をうかがう私にアルベールは顔を近づけ、見せつけとして頬に唇をあててきた。
体内が沸騰して私はアルベールの肩を押し、両手で頬をおさえると後ずさる。
言葉を発さないわりにそそくさと動く姿にアルベールはこらえきれずに吹きだした。
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