第3話「暗黒王女の価値」

北の塔から眺めるだけだった王城に入って最初に見たのはブロンド髪の年若い女性だった。

眉をひそめて口を歪める女性に胃が締め付けられた。


「ちょっと、そんな不愉快なもの見せないでちょうだい。隠すなりしなさいよ」

「失礼しました」

「……暗黒王女。なんでこんな女が……」


嫌悪をむき出しに下唇に歯をたてて大股に横を通りすぎる。


「魔女が。アルベール様を穢さないで」


ゾッと背筋が震える冷たい声だった。

艶やかなシトリンから香るフローラルに胸がかきむしられる。


短い時間だったかもしれないが、大嫌いな髪に鮮やかさを添えてもらったことで甘さに酔っていた。


カロルが整えて花びんに生けてくれていたから気づかなかった。

バラには棘があって、一度刺されば鈍く痛みが残るものだと。


”恋の魔法”は甘いばかりのはずなのに、本当の味がわからなくて、やさしい囁きは雨のようにさらさらと流れて消えた。


偽りのもとでは願いはついぞ叶わない。

許されるならばバラの香りに包まれて、隣で満天の空を見たかった。


銀色の光に想いをはせて、私は人の意志を捻じ曲げた罪状をもって永劫の牢獄に入りましょう。


「お前が北の塔にいた娘か」


突き刺すような鋭い声に顔をあげると、そこには黄金の波打つ髪に、翡翠の瞳をもつ魔性の女。

真っ赤なルージュを舌なめずりし、品定めをするような目をして私を観察した。


とらえどころのない艶めかしい女のとなりには同じ髪色をした虚ろな目の男性がいる。

この人が王であり、私の父だと瞬時に悟った。


ともなれば女性は王妃で、毒を隠して私を異物とみなし排除した人だと知り、すぐに顔をうつむけた。


それに王妃は目を細め、唇でプルプル音を立てながら思いきり息を吐きだした。


「暗黒王女とはずいぶん大それた呼び名だこと。こんな弱くて、情けないこと。ねぇ、王よ」

「お前が言うならそうなのだろう」


この人たちは私に関心がない。

目の前に現れたおもちゃを指で突いて倒すくらいにどうでもよさそうだ。

声の鋭さ、冷やかしにニヤニヤして現状をユーモアとして扱っている。


華やかな宮殿で私の足元は暗く、人がまわりにいても孤独が浮き彫りになっていた。


「あなた、本当に魔法が使えるのね?」


王妃が含み笑いをしながら玉座から立ち上がり、身体のシルエットを艶やかにみせるドレスをひるがえす。


直視できずにうつむくばかりの私の前に立つと、顎を掴んで無理やり上を向かせた。


その時、瞳孔から赤色が拡がって、血の滴る強烈さのなかに怯えて震える娘が映る。


先ほど見たときは淡い緑の色だったはずなのに、正反対の赤みが私を舐めるように見ていた。


「これからは正式な王族として出なさい」


有無を言わさない圧迫感に私は目を見開くだけ。


「良いですね? 王」

「そなたがそう望むのならば」


にっこり、と強気に目を光らせると王妃は顎から手をはなしてさっさと去ってしまう。

王もため息をついて、こちらを一切見ることなく王妃を追って出ていった。


残された私は彼らがなぜ、いまさら王族として表舞台に招いたのかわからず、膝を震わせてその場に座り込む。

アルベールが用意してくれた最初で最後のドレスに真珠が落ちていき、溶けてしまった。


それから王城の一室を与えられ、マナーを叩き込まれて目まぐるしい日々を過ごす。


魔法をどの程度扱えるのか試したが、何を言われても私に扱えるのは《恋の魔法》だけであり、王妃が求める成果は出せなかった。


それでも王妃はギラギラした目をして笑みを携えるばかり。

まさかそんなはずはないだろうと思っていたのに、虚ろな目をしたままの私に王妃は語った。


「わたしはお前の母。魔女の血を継ぐ唯一の娘だ」

「母上……?」


私と王妃しかいない部屋で、黄金の髪が毛先から漆黒に染まっていく。

あらわれたのは私と同じ色、濡れ羽色に血のような赤い瞳をした魔女だった。


「早く魔法をものにしなさい。お前はわたしに次ぐ誇り高き魔女なのだから」


王妃は何度もなんども私を魔女と呼び、頭から離れなくなるほど暗黒王女の正体を刻み込んだ。

だが王女の言葉を聞けば聞くほど、私の目の前は霞んで暗くなっていく。


(どうしてこの人は母と名乗るの? 一度も会いに来なかったのに)


だんだんと思考が動かなくなって、私は傀儡のようにうなずくだけ。


だが王妃に何度言われても、一向に魔法を使えない。

次第に王妃は苛立ちはじめ、爪をガリガリと噛むようになった。

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