第4話 不老不死の考え方
そもそも、人間の血液というのは、どういうものか?
「血液が生命の源だ」
と考えれば、理解できないこともない発想が結構出てくる。
特に、伝染病などというものの研究は、実際に731部隊で行われていた。
ペスト菌の培養であったり、結核菌などというものなど、
「不治の病」
と言われるものも、血液に関係があると思われた。
彼は、秘密結社としての。
「731部隊」
というものの中でも、さらにその奥深い研究を行っていたので、その研究を、行っているということを知っている人も、ごく一部だったということだ。
というのも、彼の研究は、そもそもの、731部隊の存在意義である、
「戦争を勝利に導くための、化学兵器の開発」
ということと、少し違ったところがあったのだ。
その一つが、彼が考案した、
「不老不死の考え方」
であった。
これは、極秘裏にした理由は、もちろん、
「戦争を勝利に導くためではない」
ということで、当局から、責められるということが分かっていたからだった。
それともう一つは、
「この研究が、医学界において、ショッキングな開発である」
ということである。
確かに、
「不老不死」
ということができれば、画期的な発明であり、医学界に革命をもたらすことになるだろうが、そうなると、別のさまざまな問題が出てくる。
一つは、
「医者や薬が困る」
ということだ。
今まで、寿命で死んでいた人が死ななくなってしまうと、その分、
「医者や薬がいらなくなるのではないか?」
ということが懸念されたからだ。
しかし冷静に考えれば、それはない。
というのは、
「死なない」
というだけで、病気にはなるわけなので、医者がいらなくなるということは、その考え方が少しおかしいのではないか?
逆に、
「不老不死」
というのは、
「死なない」
というだけで、本当にいいことなのか?
ということが問題になるのだった。
この、不老不死という考え方は、昔の中国の考え方などに見られるところから、端を発しているのではないかと考えられる。
唐の時代の物語の中に、
「西遊記」
というものがあり、結構日本でも人気のお話で、何度も、ドラマになったり映画になったりしたあのお話である。
乱れた唐の時代において、殺し合いや疫病などが目立つようになったことで、玄奘三蔵というお坊さんは、天竺にある、
「ありがたいお教を貰いに、旅に出る」
という話で、その時のおともに、サルの化身である、
「孫悟空」
カッパの化身である、
「沙悟浄」
豚の化身である、
「猪八戒」
の弟子を連れて、途中、妖怪変化に襲われるのを、弟子に救われながらの旅であった。
その際、出てくる、
「妖怪変化」
の中には、迷信なのか、本当のことなのか、
「高貴な坊主の肉を食らうと、不老不死の力を得ることができる」
ということで、妖怪は、執拗に、玄奘三蔵を食おうとする。
この発想が、
「不老不死」
は、素晴らしいことであり、妖怪にとっての、
「桃源郷」
のようなものだという発想が生まれるのではないだろうか?
実際に、不老不死というと、それが、
「本当にいいことなのかどうか?」
というのは、難しい解釈である。
何といっても、
「西遊記」
の話で、
「不老不死」
というものを欲しがっているのは、道行く妖怪たちであり、人間が欲しがっているものではないということだ。
そもそも、妖怪たちは、すでに、何千年、何万年と生きてきて、それでも、不老不死を求めるというのだから、人間の発想からすればありえないことだ。
しかも、妖怪に仲間がいれば、不老不死を独り占めしようと、醜い争いをすることで、
「同士討ち」
というものになってしまうこともあるだろう。
それほど、彼らにとっての不老不死は、夢のようなものだといってもいいのであろう。
だが、人間にとってはどうなのであろう。
妖怪にも仲間がいるように、人間には、もっと絆が強い仲間が必要だ。
その仲間が肉親であれば、もっと、その絆は強い。それは、
「血の系譜」
というところからも言えるのではないだろうか?
特に、親から子、そして、子孫にいたるまで、
「遺伝子」
と呼ばれる。人間の身体も中で受け継がれていくのだ。
それが血液というものであることは、すでに分かっていることであった。
それに、人間というのは、
「妖怪」
というものに比べて、
「弱いものだ」
ということになっている。
妖怪や、化け物というと、その定義は、
「人間よりも強いもの」
といえるだろう。
あくまでも、人間はそれでも、彼らよりも高等動物で、それは、どうしてそう考えるのかと言われると、その発想は難しい。
特に
「西遊記などに出てくる妖怪たちは、しっかりとした人間のような頭の機能を持っていて、思考能力もある。さらには、人間にはない超常現象を引き起こす能力を持っている」
といってもいいだろう。
そんな妖怪は、人間よりも長い気をしているにも関わらず、決して普段は人間の前に現れない。
何を恐れているのか分からないが、そんな妖怪が、
「なぜ、人間に劣る」
というのか、
妖怪を主題にした話の中で、
「人間になり切れなかったことで、妖怪になった」
という話があった。
しかし、この話の、彼らは、
「本来なら人間になるはずのものが、突然変異というべきなのか、人間になれなかったことで妖怪になるのだが、これも実は妖怪としては、中途半端なものだった」
ということなのである。
これは、イソップ寓話の中に出てくる、
「卑怯なコウモリ」
という話を彷彿させるものに感じられるのだった。
というのも、この、
「卑怯なコウモリ」
という話は。
「鳥と気も尾が戦をしていて、獣に向かっては、自分を獣だといい、鳥に向かっては自分を鳥だと言って、逃げ回っていた」
ということであった。
つまりは、コウモリという動物が、獣でも鳥でもない、中間的な存在であることから、戦の間は逃げ回っていたが、戦が終わると、
「卑怯者」
ということを言われるようになり、
「洞窟の奥深くで、ひっそりと暮らすようになり、決して、人間世界には姿を現さない動物」
ということになったのだ。
これは、
「人間の前に決して姿を現さない妖怪変化」
と同じではないか?
といってもいいだろう。
つまりは、
「人間にも、妖怪にもなれずに、中途半端な存在の生き物は、人間にも、妖怪にもその存在を知られるものではない」
ということになるだろう。
人間から見れば、そんな、
「妖怪人間」
は、妖怪にしか見えず、
妖怪からすれば、
「人間にしか見えない」
ということになるのであろう。
それを考えると、
「妖怪人間」
というのは、
「本物の妖怪」
というものへの、
「進化の過程」
ではないか?
と考える学者もいたりするくらいだ。
竹中も、実は似たようなことを考えていた。
「ひょっとすると、妖怪人間くらいのものであれば、作ることができるのではないか?」
という考えもあった。
この妖怪人間という発想は、一種の、
「改造人間」
つまり、
「サイボーグ」
という発想に匹敵するものだという発想が、竹中の中には密かにあり、
「731部隊」
の中でその研究が実際になされていたのだ。
研究の中には、実際に、
「戦争に勝つ」
という目的で研究されている、
「伝染病の培養」
それも、竹中博士の中で、重要な研究材料だった。
しかし、他の研究員は、
「まさか、竹中博士が、そんな不老不死の研究を行っているなどということを想像もしていなかったので、容易に研究材料の共有」
ということをしていたのだった。
竹中博士は、その頭脳は、部隊の中でも一目置いていて、彼だけ、
「特別待遇」
というものを受けていた。
しかし、竹中本人もしらなかったのだが、
「731部隊」
というところには、もう一人、
「特別待遇」
を持って受け入れられている人がいた。
彼も竹中と同じように、名目は、
「学徒出陣」
ということでの出征であったが、実際には、極秘裏の研究のために、日本から、こちらの部隊に配属されたわけである。
ただ、悲しいかな、世の中が、そんな状況ではなくなってきた。
研究に金を使って行うだけの余裕が、国家にはなくなっていたのだ。
「もし、戦争に負けてしまったら、日本は占領され、この研究所の存在は、すべて葬られなければならない」
ということは、政府や軍、さらには、
「731部隊」
の面々も、覚悟していたといってもいいだろう。
そうでないと、
「お国のために、玉砕までして死んでいった同胞に顔向けができない」
という、最終的には、彼らは研究員ということでもあるが、軍人であり、軍人としての誇りと、さらには、愛国心というものから、最後には、
「この研究室と、運命を共にする」
ということは考えられていることであろう。
それを思うと、
「竹中や、もう一人の研究員も、同じ考えであるに違いない」
と思われていた。
だが、実際には、その考えは、占領軍の思惑とは違っていて、彼らは、その研究成果を欲しがっていた。
それも、
「自国の利益」
ということもあるが、
「来たるべき、社会主義との闘い」
というものにおいて、核兵器と同じだけの抑止を持つ、
「科学兵器」
というものの力を欲しがっているのではないだろうか?
それを考えると、
「日本が滅んだ時は、自分たちもこの世にはいない」
と思っていた彼らも、最後には思いとどまったといってもいいだろう。
日本政府から、
「証拠隠滅」
というものを言われ、必死になって、証拠隠滅に走っていたのだろうが、それは、敵国にもその動きは察知されていて、事前に、この研究所は、占領されていたとも考えられる。
実際には、満州には、ソ連軍が入り込んでくる前だったので、まだ、民主主義体制の国が入ってきても、目立たないようにやれば、問題にはなかっただろう。
密かに、研究員を脱出させ、本国に連れて帰ったりして、あとは、連合国によって、証拠隠滅が行われたとすれば、日本が行うよりも、速やかだったことだろう。
どうしても、証拠隠滅には、躊躇があっただろう。
そうなると、連合国側としても、
「日本が降伏する前に、この研究所が存在していたということすらも、打ち消すことにしないと、研究員を連れ帰っただけに、もう、後戻りはできない」
ということだったのだろう、
だから、戦後、
「アウシュビッツ」
などのドイツにおける強制収容所の存在は明るみに出たが、
「731部隊」
の存在は、跡形もなく消えていたというのも、分かるというものだ。
ドイツの場合は、
「人道問題」
つまり、
「ホロコースト」
を暴くことで、ドイツを裁くのだが、それは、
「民族の粛清」
という問題が孕んでいることが大きく、
「これは、世界に公表すべきこと」
ということで、敢えて、証拠隠滅をしなかった。
しかし、
「731部隊」
の場合は、化学兵器、生物兵器のノウハウをいただくということでは、すべてを秘密に行い、
「最初からなかった」
ということにしておかなければいけないということなのである。
ただ、占領軍にも、
「竹中と、もう一人」
という、極秘の中のまた極秘の存在まではしることはなかった。
だから、彼らは密かに、部隊を脱出し、日本に帰国していた。
そして、ある程度のほとぼりが冷めた頃に、命の存続ということで、それを、
「空襲でやられていない、農村部に身を寄せる」
ということで、占領軍の思惑から逃れるということを考えていたのだ。
つまり、
「彼らには、その裏で操っている、国家とは別の結社がある」
ということである。
元々は国家だったのだが、占領されることになり、
「国家ぐるみ」
ということにだけは、してはいけなかった。
そうなると、
「我が国の存続」
というのも危うくなるからであった。
まずは、
「国家の存続」
「国体の維持」
それが、国家にとっての一番の問題だったのだ。
そんな731部隊が、
「解体」
ということになり、その存在は、
「墓場まで持っていかなければいけない」
ということになった。
だが、彼ら二人が、この存在を口にするわけはない。もし、口にしようものなら、戦時中ならいざ知らず、今の時代であれば、生きていくことはできない。
国家秘密警察に連行され、確実に殺されるということは分かっているからだ。
竹中も、もう一人も分かっていて、竹中としては、
「命あってのものだね」
と思っていた。-
今までの研究も、
「生き残ってこその研究だったということで、まずは、生き残ることを考え、生き残って初めて次を考える」
ということになるのだ。
戦時中というと、皆、
「命など惜しくはない」
という考え方から動いていた。
命がもったいなくないという考え方は、ある意味、自分の正当性を疑った時に考える。
「今まで自分がどのような残虐なことをしてきたか?」
ということを考える。
それまでは、
「これは国家や家族のため」
ということで、
「戦争中であれば、何をやっても許される」
ということだったのだ。
だから、言い訳であっても、許されると思えば、
「言い訳をした方が得だ」
ということになり、言い訳もせずに、自分を悪者にするということは、それが、
「自分のためにも、国家のためにも損なことだ」
ということになるはずなのに、それをしようとしないというのは、何かの洗脳が罹っているからではないだろうか。
確かに、言い訳をすれば、
「本人も国家も、助かることになるかも知れないが、その正当性というのは、あくまでも、本人にあり、本人の正当性が認められてこその、国家の正当性である」
ということになるので、
「もし、個人がおのおのの正当性を主張すればどうなるのだろう?」
その人の立場も違えば、その時の状況も違うわけである。
ということになると、
「人の数だけ」
いや、
「それ以上に、状況や、パターンが広がっていく」
といえるだろう。
一人のパターンにだって、無数にあるパターン、それが人間の数だけあるわけなので、状況とパターンを考えると、それだけたくさんの正当性が存在するわけで、その当事者が二人いて、対立しているとすれば、その場合の正当性は一つしかない。
「どちらかが正しければ、片方は、認められないということになる」
ということだ。
そうなると、
「言い訳した方が勝つ」
という、
「言ったもの勝ち」
ということになるのではないだろうか?
それを考えると、誰もが先を争っての、言い訳合戦ということになると、
「判断を下す必要がある」
ということになり、
「今度の民主主義」
というのは、先に言い訳をした方が、不利になる時がある。
もっとも、
「立憲君主」
と言われた。
「大日本帝国の時代」
というのは、
「自己犠牲」
というものが、もっとも、美しいとされた時代ではなかったか。
特に、君主としての天皇が一番であり、その次が肉親であり、親は家族であった。
つまり、
「天皇というのは、恐れ多いが、家族のようなものであり、家族である天皇のためには、皆死ねる」
という考え方だったのだ。
だから、大日本帝国では、
「家族を大切に、家族を敬う」
ということで、
「家族愛が、もっとも美しい」
とされた。
大日本帝国における家族が大切というのは、実は、どこの国の、どこの体制でも、同じなのではないだろうか。
しかし、この世界の、
「大日本帝国」
では、一般的に言われている、
「家族愛」
というものを感じているのは、
「この日本だけであり、しかも、日本人だけなのだ」
ということであった。
当時の大日本帝国というのは、周辺諸国をアジアから開放、あるいは、鎖国をしていたが、実は宗主国があり、その国の属国となっていたものを、宗主国との戦争によって勝利することで、属国を開国させるということをやってのけていた。
ただ、その国を後から併合することで、そこは、
「大日本帝国の一部」
ということになった。
だから、そこに住んでいる民族も、
「日本民族ではないが、日本人だ」
ということになるのだ。
ドイツの場合は、完全な、
「ドイツ民族至上主義」
というものを持っていて。そこでは、ドイツ民族以外を迫害したり、強制収容所送りにしていて、
「組織的な他民族の抹殺」
というものを大っぴらにやっていた。
同盟国であるイタリアも、基本は、
「古代ローマ帝国の隆盛」
というものを目指す。
ということを行っていたので、イタリアも、民族主義をとっていたといってもいいだろう。
同じ同盟国の日本の場合は、
「食糧問題」
などの、やむを得ない事情があったとはいえ、当時、一部に支配権のあった満州地区というものを、
「満州事変」
というものを興し、半年で、満州全域を占領する形になった。
しかし、ここを植民地にしてしまうと、世界各国からの避難が起こるのは必至だったので、
「あくまでも、独立国」
ということで、ちょうど、満州民族の国家であった、
「清国」
の最後の皇帝、
「愛新覚羅溥儀」
と擁立することで、
「満州支配の正当性」
を考えたのだ。
そこで建国された、
「満州国」
のスローガンとして、
「王道楽土」
つまりは、
「アジア的理想国家(楽土)という、理念として、西洋の武による統治(覇道)ではなく東洋の徳による統治(王道)で造る」
という考え方であった。
この発想は、その後の、
「大東亜共栄圏建設」
という、
「大東亜戦争」
のキャッチフレーズに繋がっていくわけだが、あくまでも、
「西洋による武力支配を排除し、アジアにおける、新秩序を確立するたねの戦争なのである」
ということである。
だから、大東亜戦争においては、一貫して、
「アジアの開放」
を謳って、それが、
「日本における、正当性」
だったのだ。
さらに、満州国のもう一つのスローガンに、
「五族共栄」
というものがあった。
これは、五つの民族。つまりは、
「満州民族」
「漢民族」
「モンゴル民族」
「朝鮮民族」
そして、
「日本民族」
の五つの民族が、一つの国家で助け合いながら。共存していくという考え方であった。
それが実現できれば、本来なら、一番いいのだろうが、どうしても、国家なのだから、支配階級というものは、存在しないわけにはいかない。
その民族としての一番は、もちろん、日本民族である。
その日本民族である、関東軍が、基本的には、
「満州国政府を指導している」
というのが、満州国の実態だった。
だから、関東軍の最高司令は、皇帝よりも、立場が上だといってもよかったであろう。
いくら、皇帝が、命令しても、日本国代表の、関東軍が承認しなければ、何もできないということである。
ある意味、今の日本と似ているかも知れない。
つまりは、
「満州国皇帝」
は、象徴であり、
「君臨すれど、統治せず」
ということになるだろう。
それを考えると、名実ともに、
「満州国」
というのは、
「日本の傀儡国家」
であるということになるのであった。
そんな満州国であり。しかも、国際連盟からは、
「承認しない」
と言われていたので、ある意味、
「国際的には、最初から存在しない」
といってもいい満州国なので、
「満州国は、日本と同じ扱い」
ということになり、そちらをソ連が統治したことで、日本兵が、
「シベリアで、強制労働させられる」
という悲劇も起こったりした。
そこから、事前に脱失し、ほとぼりが冷めてから、この村にやってきた竹中は、自分の研究した、
「血液の成果」
というものを、さらに研究するため、しばらくおとなしく、この村で、潜んでいることにしたのだった。
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