第28話

「ふぅ」


 ここまでくればもう大丈夫だろう。と言うか、最後彼は俺を必死に追おうとはしていなかった。

 見逃されたってことかな。どういう心境の変化だろう。まぁいい。


 俺はあの場からとにかく逃げた。逃げて逃げて逃げて、その果てに俺は遂に国境を越えた。

 生まれ育ったこの国を離れたのだ。未練なんて、あるわけがなかった。


 最悪な国だった。ずっと死にそうになって、ずっと虐げられて。だがもうそんな事からはおさらばだ。


 国境警備をしていた兵士共が飛び越える俺を見て慌てていたが、もう俺には関係ないことだ。

 この国がどういった国か全くわからないが、別に気にする必要は無いだろう。ここだったらもしかしたら教会の手だって伸びていないかもしれない。邪竜の子っていう噂も広がっていないかもしれない。


 仮に広がっていたとしても仮面をつけて目さえ見られなければ大丈夫だろう。と思いたい。


 そして力尽きるまで走り続け、近くの街が見えてきたところで俺は野宿し、その次の日に念願の街へと入ることができた。

 こう言った時に冒険者カードがあればよかったのだろうが、あの時捨ててしまったため入場料として銀貨一枚を払わないといけなかった。不幸中の幸いだったのが使っている硬貨が同じだったこと。

 まぁ他国の人間だろうと気にしなかったかもしれないが。


 街の中に入った俺は真っ先に冒険者ギルドに入り冒険者登録をして何とかこの国での最低限の人権を確保する。

 また最低ランクからのスタートで、しかも今回はロウとシルフの手も借りずに頑張っていくしかない。


 この街は逃げたあの国にかなり近い。故に俺はすぐにこの街を出て、とにかく国境から離れるようにいろんな街を転々とした。

 そしてある程度離れた街で今日の宿を探すために街の人に聞き込みをしながら取り敢えず宿を確保する。


「三階ね」

「おう」


 鍵を受け取り三階に上る。そして自分の部屋に入り持ってきた剣を立てかけ、鞄を放り捨てる。

 そして着替えずにベッドにダイブした。


「疲れたー……」


 かなり気を張っていたせいか、このまま俺は意識を失うようにして眠りについた。



 次の日からこの街の冒険者として様々なクエストをこなし始めた。と言っても俺が受けたクエストは基本的に街の掃除や薬草の採取クエストだけで、戦闘系を受けることは無かった。

 正直に話せば、俺は疲れていた。あの殺伐とした生活も楽しかったと言ったら楽しかったが、心が悲鳴をあげていたのだ。

 だったら少しの間離れていよう。そう思ったのだ。


 こうして一人で薬草を採っていると心が落ち着く。一応帯剣しているがこれを抜くときは前よりも無いと思う。

 そしてギルドに持って行って換金してもらう。偶にその金で酒を飲んでいつの間にか酒場の常連みたいになっていた。

 毎日同じことの繰り返しだけど、充実していた。


「おう仮面」

「よ」


 やはりと言うべきか、ここでも俺は仮面と呼ばれていた。前よりもボロボロになった仮面を未だに使っているせいで所々欠けてきている。買い換えようか……。

 なんて思ったりもしつつ。

 俺は初めて得たのどかな生活を満喫していた。




 そうしている内にここ─────エナイト帝国バルサス伯爵領に来て一年と数か月が経っていた。


「これは……」


 俺はいつものようにクエストを物色していると、一枚の紙に思わず目を疑った。そこにあった内容に驚きを隠せなかった。


「……」


 ……一先ずこれは無視しよう。未だに信じられないが、もう俺には関係のないことだ。

 俺はいつものクエストを受けてからギルドを出る。動揺していたのか、別に暑くもないのに額から汗が零れ落ちた。


 そして街の外に出るために門へと向かおうとした、その時だった。


「やあっ!」


 突然路地裏から少年が飛び出てきて、懐にあった財布を盗もうとしてきたのだ。だが動きがあまりにも遅かった。

 俺はスッと一歩下がって避け、少年の痩せ細っている腕を掴む。しかしあまりにも軽くて本当に人を掴んでいるのか思わず疑ってしまった。


「は、離せ……!」

「……マジかぁ」


 そして少年の顔が見えた時、俺は反射で腕を掴んだことを後悔してしまった。


 この顔はついさっきギルドに貼ってあった紙で見たばかりの顔で─────あの時失踪した第三王子だったのだから。



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