第26話

「……」

「なんで……こうも攻めきれない?」


 俺と騎士サマの戦いは依然として続いている。さっきまであった騒がしさが消え失せ、それが外の抗争が終わったことを告げていた。

 きっとこの後騎士がなだれ込んでくるだろう。そうなると余計めんどくさくなる。


 ……時間を稼いで竜眼がもう一度使えるようにしたいけど、もう限界も近いな。勝負を決めて……いや。

 竜眼のクールタイムを回復するには少しでも竜眼を空気に、より詳しく言うのなら空気中に溶けている魔力に触れさせないようにしないといけなかったんだ。

 だからあそこに転がっている仮面を取らないといけないんけど……。


「チッ」

「……っ」


 今の、一瞬ヒヤッとしたな。仮面がある場所が出入口付近にあるからそこに行こうとして─────その動きに即座に合わせて俺の首筋目掛けて切裂こうとしてきた。


 思わず首に手が伸びた。一瞬斬られたような錯覚が首にあった。

 冷や汗が零れる。だが動揺をなるべく表情に出さずに、ジリジリと少しずつ移動していく。


「逃げようとしたのかな。させないよ」

「へぇ、分かっちゃうんだ」

「動きでバレバレだよ。やっぱり、もうすぐで決着がつくのかな?」


 奴は俺がもう限界に近いと思っている。確かに息は上がっているし、魔力の残量も心許ないけど、俺にとってこの状態は前まで日常茶飯事だった。


 この街に来てから、俺はなるべく人の目を掻い潜り続けて生きていた。それは邪竜の子が仮面をつけていると出回っていたからだ。俺が冒険者として活動していたあの街からかなり離れていたはずなのにもう出回っていた。それほど教会やこの国は俺を殺したいらしい。


 食事をするにも何とかしないといけない極限の状況で、俺は魔力で体の状態を維持し続けることで何とか生きながらえていた。しかしその魔力がないと、俺は一気に死にかけに戻ってしまう。

 食べ物を得ては魔力を少しでも回復し、食べ物が切れたら魔力で命を繋ぎながら空腹感に堪える。それを一年ほど続けたある日のことだった。


「よぉ。仮面」


 そろそろ食べ物も手に入れられなくなってきて、クソまずいことで有名な魔物に手を出そうと考えていた時だった。組長が俺に接触してきたのだ。

 それからは知っての通り。俺は雇われの形でミヤビ組の一員となり、坊ちゃんの護衛として働き続けた。

 そうなってもう一年以上経ち─────ミヤビ組はもう、壊滅状態に陥った。


 それもこれも、この騎士のせい……いや、違うな。幾重にも偶然と必然が重なった結果だろう。何が原因となったのか分からない。もしかしたらこのカチコミが、ミヤビ組全員で臨んだものだからかもしれないし。


 まぁいい。またいつも通り、ここから生き延びて逃げ切るだけだ。

 ミヤビ組なぞもうどうでもいい。メイカは最後に俺に怯えていた。もう既に俺の正体が出回っているはずだ。


 ─────ここで出せるだけの、全力を出す。


「……すぅ」


 深呼吸をすれば、肺が痛む。傷が開く。そして顔にある三本の傷跡も血で赤く滲む。呼吸器か臓器か、どっかが壊れかけているのは分かっている。

 だからまずは、最善を出せるだけの状態に戻す。


「それは、回復魔術かい?凄いね。平民風情でも使える人いたんだ」


 そう軽口を叩く騎士サマは軽口を叩く態度にはそぐわない警戒を俺に向けている。

 だけど、その警戒は─────無駄だ。


「は?」


 ここで初めて、彼は呆けた声を上げる。


 俺は地面に落ちていた仮面をゆっくりと取って、顔につけた。


「舐めすぎだぞ、騎士サマ」

「……何を、して」

「じゃあな」

「っ!?させない!」


 ここで彼は焦り始め走ってくるが、既に俺の姿は部屋から消えていた。


《Side ナイズ》


 領内最強の騎士と言われた時、領民共はきっと、僕─────ナイズの名前ではなくバラガルーザの名を挙げるだろう。

 それについては別にどうでもいい。僕が何より許せないのは、だ。

 それは裏を返せば領主様に信用が無いと言える。言えてしまう。領民共はそんな意図はないんだろう。現に不満の声はなに一つだってない。だがバラガルーザの名だけでそう捉えられてしまう。

 断じて許せなかった。あのクソ野郎の名が出る事だけは。


 確かに領民共にとってはいい騎士だったんだろう。そうやって振舞っていたからな。だが騎士の間では奴は最低だった。

 横暴、忖度、不正の隠蔽。挙げだしたらキリがない。奴自身に実力があったのも最悪だった。奴に勝てる騎士がいないせいで、奴はどんどん増長していった。

 果てには領主様の娘を犯そうとしたのだ。流石にそれだけは許せないと騎士総出で奴を殺そうとした。

 だが殺しきれなかった。それだけ、奴は強かったのだ。

 領主様も嘆いていた。だがあの時期、奴を手放したら最悪この領が無くなる、そこまで酷かったのだ。

 故に、安定しだした20年ほど前に奴を追放した。


 領民共は納得言っていなかったようだが、奴の行ってきた所業を発表すれば彼らは渋々納得した。

 しかし奴の名前と名声は残り続けた。


 そのせいで奴は俺たち騎士団と領主様を逆恨みしだした。奴は忘我団なる物を結成して更なる混沌を領内に生み出した。面倒なことになったものだ。


 だがそれもこれも、今日で終わりだ。邪竜の子を逃がしてしまったのは僕個人的な感情としては別にどうでも良かった。

 教会は彼の何を恐れていたんだろう。竜眼の暴走?竜眼の悪用?教会への恨み?彼は邪竜の子なんて呼ばれ忌み嫌われ、恐れるだけの男だったのか?違う。

 今日戦ってはっきりした。彼は人間だ。僕たちと同じ、一人の人間だ。


「……馬鹿だな、僕も、教会の奴らも」


 一先ず、逃げたバラガルーザの後を追おう。

 そう決めた僕はゆっくりと荒れた部屋を出た。



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