第5話

《Side ロウ》


 今ではもう、懐かしいものだ。俺と姉貴が彼と出会ってから、もう一年以上が経った。


 一年と言うのは人間にとってはその一生のうちではかなり長い期間なのだろうが、我々魔物にとってはそれほどではない。


 魔物の寿命は己の身に宿る魔力の総量で決まる。それは魔物が魔力によっても生まれる生き物だからだ。

 魔物の起源はつがいの嗜みから生まれる場合と辺りに漂う魔力から生まれる場合の二つだ。

 種族によって平均の魔力の総量は決まっているが、俺と姉貴は生まれた時から魔力総量がかなりあった。きっと200年以上は生きれるだろう。


 あの日俺たちは群れを追放され森の中を彷徨っていた。この先生きていくには魔物を殺して、食っていくしかない。


 だが魔力が多いだけで狩りの仕方を教わっていなかった俺たちには難しい話だ。子供だった時はまだ鳴き声を出すことすら厳しかったから、まだ群れのウルフたちは優しかった。だが子供に狩りを教えるのはまだ先だった。


 そもそも魔力の多い魔物の殆どが人の言葉を発することができる。だからこそ俺たちには一族の中で“忌み子”の意味をもつ“ラ”が種族名についている。


 俺たちは、ラ・ウルフ。その姉弟だ。



*****



『本当に、数奇な運命に巻き込まれたわよね』

『いうて数奇じゃねぇだろ』


 夜。俺と姉貴がユウゴの代わりに夜番をしていると、不意に姉貴がそんなことを言ってきた。

 確かに竜眼を持つユウゴと出会ったことは俺たちの人生ならぬウルフ生の中で一番の衝撃だった。


 そもそも竜眼には謎が多い。人間どもは竜眼は邪竜ヴァルハラの持つ目だとか何とかで忌み嫌われているのだとか。俺たち魔物にとっては崇拝の対象なんだけどな。


 俺たちにとって邪竜ヴァルハラはもはや神だ。彼の魔物は破壊と創造を生み出してくれる、我ら生きとし生けるものの母であり父である。


 一度ブレスを吐けばそこは荒地と化し、魔力ではない死の気配が漂う土地に変貌し、一度翼で仰げばその風で悪気を散らしてくれる。


 地上に降り立てば我らの生息地を広げてくれて、歩けばその道には何も残らない。


 余りにも矛盾していて、その矛盾を成せるだけの強大な力を持っている。

 力は魔物にとって一つの指標だ。力が強ければ強い程、群れの中での地位は高くなる。魔力が高ければ高い程、死ににくくなる。


 故にこそ、邪竜ヴァルハラは種族の垣根を越えて頂点に立っている。


『こいつから常に邪竜ヴァルハラの匂いを感じる。彼の者の加護がもしかしたらあるのかもしれないな』

『凄いわね。じゃあやっぱり数奇な運命じゃない』

『……』


 思い返せば返すほど、姉貴のその言葉に対して何も言い返せない。

 この少年は俺たちと同じように人間が群れを成したところから追い出されたどころかあわや殺されかけたと言う。

 その目をしているから、と言う理由でだ。


 何と言う傲慢。不愉快極まりない。だから人間は好まないのだ。


 違うものを排斥しようとするその考えが気に喰わない。何故受け入れようとしない。だがそれは魔物も同じだ。

 人間の言葉が喋れる。それだけで俺たちは追放された。だが殺されかけてはいない。その分俺たちはユウゴよりもマシなのかもな。


 こいつはまだ子供だ。一年でだいぶ大人びてきているが、それでもまだ幼いところがある。


 俺たちはこいつと主従契約を結んだ。こいつには“対等な関係を結ぶだけ”と言ったが実際は違う。

 これはその名の通り主従の関係を結ぶための契約だ。奴隷契約とはまた別物だが、忠誠を誓うと言う面で言えば同じものかもしれない。

 だがそれを正直に話せばきっとこいつは困惑しただろう。いきなりウルフ二匹から“しもべにしてくれ”なんて言われたらきっと混乱は避けられない。


 あれでよかったのだ。そのお陰で彼は俺たちに気軽に接してくれている。


『俺たちは何が何でも、こいつを守るぞ』

『そうね。私たちの、唯一の家族だもの』

『……家族か。それはいいな』


 家族の絆は一度失った。だが、ここでまた手に入れることができた。

 ユウゴは俺たちの兄であり弟であり─────主人だ。


 こんな歪な関係でも、俺にとってそれはどうしようもなく心地よかったんだ。



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