第21話

 強い衝撃が襲いかかってくる。だが気力で気絶することだけは避けることができた。

 壁にめり込んだ体を無理矢理はがし、地上に降り立つ。片腕がもうボロボロで機能するかもう分からなかった。体の至る所が打撲やら骨折やらでどうしようもない程痛む。


 それにさっきからずっと苛立ちが俺の中で渦巻いていた。理由は分からない。だが奴と対峙するたびに怒りが俺の中で生まれるのだ。

 あの男と一度も顔を合わせたこと何で今日までなかったのに。


「ヺエッ」


 取り敢えず溜まった血を吐き出し、なんとか時間稼ぎをしてくれているメイカの元へ駆け出す。やるなら徹底的に邪魔をしよう。

 剣にはまだ魔力が残っている。なれば斬撃を放つことができる。

 奴とメイカの間に向けて三回斬撃を放つ。それを即座に察知したバラガルーザはメイカを無理矢理飛ばしてその斬撃を避ける。


 だが既に俺はその避けた先に辿り着いていた。


「はっ!」

「っ!? ぬぁああ!」


 慌てて俺の横薙ぎを防いだ彼だが、その時にはもうメイカが彼の後ろを回っていた。


「やっ!」

「っ!?チイッ……!」


 背中を斬りつけたことを確認した俺は奴から離れる。普通だったらこれでも重症に近いはずだが、それでもまだ元気だった。

 だが確実に効いている。


「ぐっ……!」


 苦悶の表情で俺たちを睨みつけるその姿は、さっきよりも怖くはなかった。さっきまでもしかしたら勝てないかもと言う考えがよぎっていたが、それが完全に消えたからかもしれない。


 痛みを気にすることなく動き出した奴に合わせるように俺たちも駆け出す。

 奴は俺に狙いを定め立て続けに斬り付けてくるも、俺は冷静に避けつつカウンターを仕掛ける。が、読んでいたのかそれは呆気なく躱され心臓を狙って突きが放たれるがあと少しの所で奴は大きく後ろに下がった。


 その直後、さっきまで奴がいたところに剣筋が通る。気配を薄くしていたメイカだ。


「もっと速めるわよ」

「問題ない」


 俺と彼女は左右に分かれて走り出し、揃って挟み込むように奴に接近する。当たり前だがそれは避けられた。それでも俺たちは止まることなく息を合わせて奴に少しでも傷をつけるために斬り続ける。

 これほどの手数は流石の元騎士サマでも厳しいのか、苦悶の表情を浮かべながら避け、打ち返し、なんとか致命傷を避けていた。


 幾重にも剣筋が交錯し、斬り合いは苛烈を極める。だがこの場にいる三人ともが膠着している現状に不満を抱き始めてきた。それはきっと、状況が変化するときのサインだ。


 バラガルーザはさっき同様大袈裟に後ろに下がると、最初に放ったような斬撃を放った。


 そうして睨み合いが続く。その間に俺は使えなくなった片腕に回復魔術を使いある程度使えるところまで治す。

 体内の魔力はまだ残っている。この部屋の中に漂っている魔力量も問題ない。だが、


「……はぁ、はぁ」


 メイカの体力がもう僅かなのか、さっきから息遣いが粗くなってきている。かく言う俺もそうなのだが、彼女の場合本当に限界そうだった。


「下がって休んでいてもいいんだぞ」

「嫌よ。奴は……ここで殺すんだから」

「……そうか」


 このままさっきみたいな攻防が続けばすぐにへばりそうなんだが、彼女の目を見て諦めるしかなかった。

 ずっと奴を、バラガルーザを睨んでいるのだ。いつも細い目が更に細くなっている。

 逐一奴の弱点を探っている。それはもう執念に近かった。


「貴様らは確実に殺して、ミヤビ組はこの手で壊す。覚悟しろ、私の本気は─────少々過激だぞ」


 そう言うが早く、奴は剣に魔力を込め始めた。直後、剣が姿をどんどん変えていく。

刀身がさっきの二倍にまで伸び、紫色の毒々しい何かが帯び始めた。


─────これが、本物の魔剣。


「行くぞ」


 変化が起きたのは剣だけじゃなかった。奴自身の動きがさっきよりも俊敏になったのだ。俺たちはさっきよりも回避に専念せざる負えなくなってしまった。だがそれでも、


「っ」


 体の至る所に切傷が付く。奴の剣速が早まっているのだ。まるで老人が放つもんじゃない。まさかここまで苦戦するなんて思ってもみなかった。ここまで苦戦したのはあの時の─────


「っ!?ふざけるなっ!」

「何っ!?」


 ……あぁそうか。なんでこうも苛立ちが生まれていたのか。ワイズだ。あのクソを思い出していたんだ。そのせいであの時のトラウマが常に頭の中をよぎり続け、動きが鈍くなっていた。何であいつの顔がこうも奴と重なるかは分からん。だが、


「お前の顔見てると、あいつを─────ワイズを思い出してしょうがない……!」


 ワイズの顔がこのおっさんとさっきから重なって戦いずらいったらありゃしない。

 すると俺の呟きに奴の眉がピクリと動いた。


「……ワイズ、だと?」

「……は?」

「何故、愚息の名前が出てくるのだ……?」

「愚息だって……?」


 ……まさか、そんな事ってあるのかよ。

 このおっさん、もしかしなくてもワイズの父親なのか……?


「まさかその名がここで来るなんてな。思ってもみなかった。お前、あの愚息の仲間か何かか?」

「……裏切られた」

「……そうか。そうか……─────は、はは、ははははは!!!」


 静かに俺がそう言うと、バラガルーザはそう噛みしめてから、突然笑い始めた。


「親は子に似るがまさかこうまでとは思わなんだッッッ!!!やはりあいつは私の、私たち一族の血から逃れられなかったのだなっ!清々したわあのクソガキ!それで、ワイズはどうなったっ!?」

「……死んだ」

「そうかそうか!それは良い報せじゃないか!」


 ……自分の息子に対してあまりにも向けるような感情じゃないだろう。こいつらの間に一体何があったんだ。

 だがもうどうでもいい。これ以上こいつと会話するのも不愉快だ。気分が悪くなってきた。


 このまま消耗戦をしたらこっちが不利だ。ここで決める……!


「もう、終わらせる……っ!─────起動オンッ!」


 仮面を脱ぎ捨てて、俺は竜眼を起動させる。

 体内の魔力が左目に集中する。更に空気が震えたかのような錯覚と共に、周囲に漂っていた魔力も左目へと集まり始めた。


「それが貴様の素顔か。中々に幼いではないか」

「へぇ、この目に対しては何も言わないんだな」

「そうだな。内心とても驚いているよ。だがそんなことは関係ない。

 ─────ここで潰す。それだけだ」

「─────やってみろ……っ!」


 バラガルーザが走り始めたのと同時に、俺の左目の瞳孔が縦に伸び始めそれに呼応するかのように三本の爪痕から血が滲み始めた。ずっと昔に塞がったはずの傷が再度開き始めたのだ。

 余りの痛みに思わず顔をしかめるがそれでも、俺は竜眼の起動を止めなかった。

 元々ワイズたちに浴びせたものをこいつにもしようと思っていたが、何故かもっと先にいけると無性な確信を得ていた。


 ─────ここだ。


 集まった魔力を左目に吸収させる。傷から零れた血が左目の結膜を赤色に染め上げるがそれでも俺は構わずに、左目を開き続けていた。


 視界が血の赤から白黒の二色に変わる。

 色褪せた現実が俺に全てを教えてくれる。色が消えたんじゃない、全てが遅く見えるようになった。今この瞬間だけ、左目とそれに繋がっている脳の動きが加速しているのだ。


 バラガルーザが迫ってきている。年齢にそぐわない、今までのがまるでお遊びとでも言えてしまうほどの速度で、瞬時に俺の目前にまで、閃光のように。

 だが俺の左目はそれをはっきりと捉えていた。彼が次にどんな動きをするのか、それすらも視えていた。


 奴が次に来る場所に向けて、俺は剣を振るう。その直後、鮮血が俺の目の前で舞い、奴は驚愕で目を見開いた。



 。俺の竜眼はそれを可能にした。



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