第18話

「カチコミ、行くぞ」

「……はい?」


 最初、俺は何を言われたのか全く理解できなかった。それほどまでに唐突だったからだ。


 会合から数週間が経った日の夜。突如組長に俺とメイカ、そして数人の組員が呼ばれた。いつもの面子である。

 そうして全員が集まったのを確認した組長がそう言ったのだ。

 理由を説明してほしい。


「何故、いきなりカチコミに……?それにどこへ……?」

「メイカ、そう焦んな。一つずつ話してやっから」


 メイカの質問に答えるように彼は懐から葉っぱを取り出した。その中身のものは俺たちにとってなじみの深いものだった。


「これは俺たちが取り扱ってるもんだ。誰でも一回は見たことあるだろ」

「まぁ」

「そりゃねぇ」

「そんで」


 彼はもう一度懐から、今度は別のものを取り出してきた。彼が持っていたのは葉っぱ……のような、何かだった。見た目は葉っぱで間違いないのだ。なのに、


「色がおかしい……」

「そうだ」


 そう、前者は緑色なのに対し、後者のはだった。

 ……青色の植物。なんか気持ち悪いな。違和感しかない。


「これが最近街に広まりつつある」

「こんな気持ち悪いのが、ですかい?」

「ああ」


 一体これは何だろう。


「これはな、ただの害だ」

「……それだけ言われても」

「それもそうか。俺たちが取り扱ってる“葉っぱ”は使ったら気分が高揚したり、思考がクリアになったりするが、これにはそんなものが無い。だがな、一度使ってしまったら最後。永遠に止められない」

「……は?」

「俺たちのやつでも流石に一日に9回も使わないだろ?これはその“ありえない”を強制させるものだ。使っても気分は上がらないし思考もクリアになったりしない。だがずっと吸ってないと落ち着くことができない。酷い奴だと一日中吸ってても足りないなんてほざく。そんな、中毒作用だけを詰め込んだようなやつなんだよ、これは」


 俺たちは何故今すぐにでもカチコミに出るのか、理解できた。できてしまった。これを野放しにしてたら……間違いなくここら一帯だけじゃない、下手したらこの国全体にまで被害が及ぶ。

 だが本当にそんな効果があるのだろうか。


 そんな疑問を一先ず無視しながら、話を進める。


「それで、所在は?」

「諜報部の奴らが知らせてくれた。これが出てきた所在を。俺らとは反対に位置する奴ら─────忘我団だ」

「「「「「っ!?」」」」」


 忘我団。ミヤビ組とは丁度真反対に本拠地を置く、ミヤビ組の次に勢力の大きい裏社会の組織だ。あいつらは表向き傭兵団を名乗っているがその実やってることは盗賊団紛いの事ばかり。


「そいつらが何で……」

「さあな。もしかすると財政難にでも陥ってんじゃねぇのって思ってる。こういうのに手を出す時ってのは戦力が無い時と、金に困ってるときぐらいだしな」

「……我らの島を荒らそうって魂胆ですかい」

「恐らくな。だがこんなの、そもそも見た目で使おうなんて思う奴はいない」

「……じゃあなんで広まってるんです?」


 組員の一人がそう聞くと、組長は“チッ”と舌打ちをしてから、


「─────教会だ」

「……はぁ?」

「この街の教会を使ってやがる。そればっかりはしちゃあいけないことだ。タブー、暗黙の了解、それを易々と奴らは破りやがった」

「ですが、総本山が黙ってないのでは?」

「……止まってんだよ。報告が、ここで」

「つまり、教会が忘我団に与したってことか?」

「そうだ」


 俺が確認のためにそう聞くと、彼は苦々しく頷いた。今でも信じたくないようだ。

 教会は不可侵の存在だったからこそ今まで俺たちは見逃されていた、と言う面がある。いつからそれがあったのかは知らない。いつの間にか暗黙の了解になっていたのだ。だがそれが馬鹿集団の手で壊されてしまった。


「……貴族らが黙ってないでしょうね。これがバレたら」

「奴ら、ここに騎士が来てること、知らないのか?」

「知らないでしょうね。知っててやる馬鹿はいませんよ」

「……でも」


 と、組員の一人がもしかしてと思ったのか、こんなことを口走った。


「……第三王子の失踪にも絡んでいたら」

「……」

「これは、すぐにでもカチコミ入れた方がいいですね」


 何とも言えない空気が漂い始める。めんどくさいことになったなこれは……。

 今から忘我団に攻め入るのには賛成だが厄介なのが─────


「戦力で見たら向こうの方が大きいんだよなぁ」

「……」

「こっちは財力で、向こうは戦力でそれぞれ勝っている……それが長年縄張り争いが硬直している原因になっているからなあ」


 面倒なことこの上ない。だがやるしかない。

 俺はそっと仮面越しに左目のある所に触れる。竜眼ができることは今のところ二つ。それを使いこなせばきっと問題ない。

 特にのを使ってしまえば制圧なんて簡単に終わるだろう。こいつらだったら別に竜眼のことがバレたって大丈夫だ。というか、


 だからこそ、この話が出たんだろう。例え戦力的に劣っていても、俺一人の存在で可能なところまで引き上げられている。


 俺はそっと仮面を取る。見たことの無かった組員は息を飲んだようだが、メイカと組長は特に反応を示さなかった。


「仮面。やれるか」

「問題ない。これを使えってことだろ?」

「そうだな」

「だったら猶更だ。報酬分の働きはしてやる─────任せとけ」



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