第17話

「……」


 坊ちゃんの様子が変わった。いつも叫んでいた夢物語の理想を言わなくなり、黙々と剣を振り続けるようになった。

 街に出れば俺の目を気にするようになった。そして店に一緒に入ろうとすると、


「外で見張っててほしい」

「……」


 と、一緒の入店を断るようになっていた。

 明らかにおかしい。おかしくなったのはあの会合以降だ。あの話し合い、確かに物騒だったと思う。第三王子を誘拐するとか、奴隷商売の範囲を広げるとか、別の組を潰して傘下に加えるとか、外の盗賊団の当主に対する拷問の内容とか。それはもういろんなことを話し合った。

 それのどれかがきっと彼を変えるようなものだった……と思う。


 結局これは予想の範囲を超えず、彼の心情を測る材料たり得ない。この変化に気づく者はきっとそばにい続けた俺と、後は組長くらいだろう。

 坊ちゃんはその組長とはあまり会いたがらなくなった。組長が彼の事を呼んでもよく断るようになった。


 組長は親子としてコミュニケーションを取りたがっていたが、彼はそのようではないようだ。この拗らせ具合に組長も言葉が出なかった。

 一体何が彼を変えたのか。


 それに予感がするのだ。それを探らないと、この先何か良くないことが起きる……そんな気がしてならない。あくまで予想だが、裏切る予想と裏切らない予想が俺の中ではあって、今回のはこの気持ち悪い感じからして裏切らない予想だ。


「……だが聞いても何も答えてくれないしなぁ」


 困ったもんだ。第三王子もまだ見つかってないと言うし、私服騎士が辺りをうろつくようになったし。

 もしかしたら同時進行でミヤビ組の本拠地を探しているのかもしれないな。だがミヤビ組を潰して喜ぶのはきっとここの領主だけじゃないか?

 それくらいミヤビ組はここに住む貴族と、そして王都に住む貴族と密接にかかわっているのだ。


 領主が動きを見せれば、近く知らせが来る。そのはずだ。


「……にしても遅いな」


 坊ちゃんが一向に店から出てこない。そう思った直後、


「待たせた」

「……」


 何食わぬ顔で坊ちゃんは紙袋を手にして店から出てきた。それに不信感を抱いた俺だが、すぐに歩き出した坊ちゃんの後ろを守る形でついて行った。


 ……あの店、一度調べた方がいいか。


 そう頭の片隅に置いて、俺たちは屋敷に戻って坊ちゃんは自室に、俺は組員の一人にさっきの事を伝えてまた街に戻って行った。




「どうだい?仮面のお兄さん」

「ふむ……これは何の串焼きなんだ?」

「これはね、ローオークの肉だよ」


 ローオークはオークの劣化版と言われる魔物であるが、肉の味はオークと大差ないとされている。更に強さもそれほどでもないしゴブリンのように多く湧くので冒険者にとっても、市民にとっても美味しい魔物なのだ。

 しかし、ローオークの串焼きか。香辛料はなにもかかっていないようだし、肉も粗悪品だろう。脂があまり乗っていない。

 だが安い。買うか。


「一つ」

「毎度」


 銅貨2枚を払って串焼き一本を受け取った俺は移動しながらそれを食べる。口の中に質の悪い脂が広がって正直美味しいとは感じなかった。

 だが、銅貨2枚でこの味だったらかなり得した気分になった。それに量もかなりあるしな。あの店、覚えておこう。


 別に今日街に来たのだって暇だから来たのであって特に用事はなかった。のだが、


「あ」

「……」


 今一番会いたくない人と会ってしまった。


「やぁ、また会ったね。仮面さん」

「……相変わらずお元気のようで、騎士サマ」

「はは、別に今更畏まらなくてもいいよ」


 そう人の好さげな笑みを浮かべた彼に、何故か無性に腹が立った。そして自分の運命を呪った。

 だが逆にこれは好機なのかもしれない。今どれくらい調査が進んでいるのか聞くぐらいだったらこいつも許してくれるだろ。


「なぁ騎士サマ。探してる人は見つかったのかい?」

「はは、残念だけどまだ見つかってないんだよ……。、まだそこで止まってる」

「へぇ。でも目星付けられただけだいぶ進んだじゃん」

「でしょ?だからいい傾向ではあるんだよ。あるんだけど……」


 そう言って急に黙り込んだ彼に俺は首をかしげるも、彼は、


「あ、何でもないよ。とにかく今は誠意調査中ってやつさ」

「そうか。見つかるといいな」

「うん。……本当にね」


 第三王子の行方、か。こっちでもまだ掴めていないからそれを実行した奴らは相当隠し通しているようだ。だがそれも時間の問題なのかもしれない。

 もう第三王子が行方不明になってから二週間は経っているはずだし。


「にしても、君……」

「ん?」


 と、何やら騎士サマが俺の仮面をのぞき込んできた。向こうから俺の顔は見えないように設計されているはずなので、俺の竜眼が見られることは無いだろうが……。


「特異な雰囲気だね」

「そうか?」

「うん。ここにいるような人が醸し出している雰囲気とは違う。なんでだろうね。あの酒場に入った時真っ先に君の傍に座ったのも、無意識だったけどそれが理由かもしれない」

「ただの偶然だろ」

「そうかな。まぁでも君に会えた、それだけでも収穫かなって思うよ」


 そう言って彼は俺から離れる。なんともまぁ、不思議な性格をしている。野性的、ともとれるな。雰囲気を掴む……彼は騎士の中でも第六感なる不可思議な感覚が発達しているのかもしれない。

 こう言った騎士はかなり厄介だ。基本に忠実な剣術を放つだけのお堅い戦い方に柔軟な守備と回避が加わる。簡単に読めるはずの剣筋が途端にイレギュラーな軌道を見せ始める。いつものように戦おうにも騎士に対する固定概念が簡単に勝てる戦いにくぎを刺してくる。


 こいつは要警戒だな。もしこいつと戦うってなった時は別の奴を当てよう。



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