第13話
「今日は剣術の時間からだ」
「……」
坊ちゃんへの期待度を一段階下げた次の日、俺と坊ちゃんは屋敷にある訓練場で木刀を手に対面していた。
俺の契約は坊ちゃんの護衛であるとともに戦えるだけの訓練を施すことも含まれている。最初は護衛だけだったはずだが、いつの間にか増えていたのだ。
こう言った事はよくある。突然契約内容が変わってたり増えていたり。逆にそれを餌に殺されたり。そんなことは日常茶飯事だ。
俺みたいな浮浪者が仕事を得るにはそんな事でも対応しなければいけない。だがそれでも名指しで無理矢理契約させたこの仕事で、まさかこんなことが起こるとは思わなかったが。
図々しいことこの上ない。
なんでこんなことしてんだろうな、俺。
「それじゃあ始めるぞ」
「……うん」
嫌々剣を構える坊ちゃんを見て、俺の中のやる気がますます消えていくのがわかる。こう言ったやる気のない奴に何かを教える行為そのものが無駄だと感じる。
だがそれを表に出しちゃいけない。少なくとも、この坊ちゃんにだけは悟らせてはいけない。
きっとそうしたら表に逃げるだろうから。
「昨日言ったことは覚えてるな」
「……剣は腰で振るもの」
「そうだ。今日はひたすら俺に打ち込んで来い」
「分かった」
坊ちゃんはゆっくりと俺に近づき、その歳にしては鋭い一撃を放ってきた。ちゃんと俺の言った事は出来ているから、教えられたことをすぐに自分のものにできるくらいの才能はあるんだろう。
少しずつ剣を振る速度が上がってくる。集中力が増していっている。
俺を攻略しようと必死で頭を回転させている。
「……っ」
「甘いぞ」
敢えて開けた左脇にまんまと引っかかった坊ちゃんは、俺の返す刃で薙ぎ払われて後ろに二歩三歩下がる。
「ブラフを見極めろ。そうやって、目を鍛えろ」
「……っ」
やる気はない癖に一体何が彼の体を動かしてるんだろうか。そう思わざる負えないほど、彼の動きはどんどん改良されていった。
もしかして、やる気がないのはブラフだと……?いや、坊ちゃんは争いごとを基本的に好まない性格の持ち主だ、それはないだろう。そんなもの、早くドブに捨てて欲しいのだが。
「やあっ!」
「……ほう」
今の一撃は中々のものだったな。タイミング、速度、何をとっても今の坊ちゃんが出せる最大を超えていた。
まぐれだったとしても、着実に成長している。
「……はぁ、はぁ」
「……ここまでか」
だが体力はまだまだだな。13歳の体でこれは明らかなハードワークだが、これをこなしていけばいくほど同年代よりも長く動けるだろう。
今の内から辛い思いをすればいい。
疲れた坊ちゃんの体をボコボコにして、メイドに介抱されているのを見届けた俺は屋敷を出て路地裏から街中に入る。
今日はこれ以上坊ちゃんの元にいたくなかった。単にめんどくさくなったから、ってのもあるんだが。
坊ちゃんにも一人になる時間が必要だと頭の中で適当に言い訳を述べながらいつも行っている酒場へと入る。
「らっしゃい」
「ビールと適当に飯」
「適当じゃ困るんだが」
「んじゃ、つまみで」
「はいよ」
この街に来てから何度も来ているせいか店主に顔を覚えられている。そして頼む物も。
いつも座っている席は今日は生憎別の人が座ってたから、そこから少し離れたところに座った。
「はいこれ」
「サンキュー」
座って早速ビールが俺の前に置かれる。この店はこと酒を出す速度だけなら他の店よりも早いだろう。逆につまみは遅いが。そのせいでビールをもう二杯ほど頼む必要が出てくるところがこの店のあくどい所である。
と、十分金を持っているにも関わらずちびちびと貧乏人のように飲んでいると、
「隣いいかな」
「……うい」
「何だいその返事は。それを了承と受け取るからね、仮面くん」
そう言って人の好さそうな笑みを浮かべながら隣に優男が座ってきた。その身なりは少なくともこんなひどい所に来るようなものじゃなかった。
店の中にいるガラの悪い奴らも隣の男に視線を向ける中、彼は気にすることなく、
「ビール二杯と彼と同じつまみを」
「……はいよ」
俺の時とは違う、少し警戒度を含んだ声で店主は奥に引っ込んだ。
「君はさ、よくこの店に来るのかい?」
「そうだな。常連さんだ」
「ははっ、そんなに来るんだ。丁度良かった」
そういって彼は笑みを崩さずに、
「人を、探してるんだ」
明らかに厄介事に巻き込もうと言う意図を孕んだ言葉を俺にぶつけてきた。
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