ミヤビ組編
第11話
人は脆い。それは体然り、心然り。どこかが限りなく強くとも、必ずバランスを取るかのようにどこかが限りなく弱くなる。人間と言う生き物はそう言う生き物だ。そうでないと生きていけない、とも言い変えれる。
それを─────俺は目の前の光景を眺めながら何度目か分からない実感をしていた。
「も、もう許してくれ……お願いだ」
「……」
冒険者を辞め、放浪の旅を続けて二年経った。俺は前いたところとは別の町におり、ここで一年ほど暮らしている。そして相変わらず、身元を隠すために仮面をつけていた。
今着けているこの仮面は見つけた盗賊を壊滅させ、そこのアジトに会ったものを拝借している。どうやらこの仮面は呪いのこもったものだったのか、つけたその日から仮面が取れなくなった。
そんなことはどうでもいいのだ。食事をするとき口だけ仮面の部分が無くなったりするからな。特に困ってはいない。
だったらどんな問題があるかって言ったら、今のこの状況だ。
「な、なんでもするからぁ……」
地面に頭をこすりつけているこの男を見ながら俺は今後のことについて考える。俺がいる時に襲ってきたから強さはそれほどなんだろう。だが肝心の心が弱すぎた。取り敢えず坊ちゃんを襲ったのは事実だから殺すのは確実なんだが、どのように殺すかは坊ちゃんに委ねるしかない。
だが……。
「……」
さっきから当の坊ちゃんが何も言わないのだ。目の前の光景を見てからずっと固まっている。親から言われていないのか?こいつは。
『─────おい仮面、俺の息子のボディガードやれや』
つい二か月前、俺はこの町の裏を仕切っていると自称している組に雇われる形で入ったのだが、その時組長からそう言われたのだ。
どうやら声をかけた理由として、この町の裏が騒がしくなった原因である俺を引き入れることで牽制をしたかったとかなんとか。政は俺にはからっきしなんで勝手にやってほしい。
そう言う事で俺はミヤビ組に入ったと言う訳だが……俺の仕事内容である坊ちゃんのボディガードと言うのがこれまた大変だった。
─────この坊ちゃんがとんでもない程ひ弱で臆病だったのだ。
あんな厳つくて人を3ケタ単位で殺してそうな親から生まれてくるようなもんじゃない。俺はそう思った。
……少し教える必要があるな。ここが普通の世界じゃないってことを。俺も最近知ったばっかなんだけど。
「早く決めろ、坊ちゃん」
「で、でも……この人は僕から財布を盗もうとしただけでしょ……?」
「それじゃあその財布にはいくら入っている」
「え……?銀貨6枚でしょ?」
「そうだな。それは誰から貰った?」
「え、と、父さん……からでしょ?」
「そうだな。それじゃあ坊ちゃんの金がもしここで盗まれたとしよう。そしたら組長のおっさんはどうすると思う?」
「……分かんない」
表の社会で生きる子供だったら100点満点の回答だろう。こんなの知っていいことなんかない。だが坊ちゃんは裏の社会の住人だ。だから知らないといけない。
目の前の愚か者の末路を。自分の甘さによって招くこの男の悲劇を。
「きっと今地面に頭をこすりつけてるこいつをすぐに探し出してまず誘拐するだろう」
「ゆ、誘拐!?」
「その後それはそれは哀れに思うほど惨い拷問をして、生きてるけど死んでる状態で裏路地に捨てられるだろうな。もしかしたら薬漬けになってるかもしれねぇ」
「ひっ……!?」
「なっ……!?そ、そんなにする必要ないんじゃ……」
「そうだな。普通だったら必要ないだろう」
普通だったらな。
「ここで大事になるのは盗まれたことじゃない。組長の息子を襲ったという事だ。この事実だけで、俺たちミヤビ組はそれをする必要があるんだよ」
「なんで……」
「自分の息子に手を出したらこうなるぞっていう見せしめだな」
「……そんなことの為に……?」
まるで信じられないとでも言いたげな表情で俺の方を見てくるが、いかに舐められないかを重要視してるからな。
舐められたら全身全霊を持って恐怖をその身に刻み込む。それがミヤビ組などがある裏社会の一つのルールと言えるだろう。
さて。
「もう一度聞くぞ坊ちゃん。こいつを、どうする?」
「……」
俺がもう一度そう聞くと、坊ちゃんは長く悩んで悩んで、そして、
「……逃がす」
「……そうか。それじゃあ─────」
「それでこの人にもう危害を加えないように父さんに言う」
「……はぁ」
駄目か。俺の話を聞いたうえでそんな呑気なことを言うのか。……早々に手遅れじゃないか?
「もうこの人は反省したはずだよ。だからね?仮面さん、いいでしょ?」
「は、はい!わ、私はもう二度と坊ちゃんに手を出しません!」
「ほら、だからね……? いいでしょ……?」
重症だなこれ。このままだと心ぶっ壊れて変な方向に走りそうだ。
「……甘いな、坊ちゃん。反吐が出る」
「……は?」
俺が吐き捨てると、坊ちゃんは呆気にとられた。
「こいつに罰を与えるのは絶対だ。それを忘れちゃ駄目だぞ坊ちゃん」
「なんでっ!?なんで逃がすって選択肢が無いのっ!?もう反省してるし、十分怖い思いしたんだからいいじゃないか!?」
「……じゃあまた襲われても俺は何も手出ししないからな。後は二人で話し合ってろ」
「……え?」
もう付き合ってられん。別に自分の美徳を押し通すのはいいけどその美徳が問題だった。それを押し通したければもっと強くならないといけない。だがこの坊ちゃんはそれもせずにただ綺麗ごとを並べてるだけ。
組長に報告するか。“将来性は限りなく低い”って。
「ま、待ってよ!?また襲われるって、どういうことなの!?」
「そのクズゴミみたいに小さな脳みそで考えろ。俺は組長に報告してくる」
「い、行かないで……!?お願いだから……!」
「だったら今すぐ決めろ。こいつをどうするか」
「っ……」
俺を止める坊ちゃんを突き放すようにそう言うと、彼は葛藤した。
辛いとか苦しいとか、そんなのこの状況で感じるのはただの傲慢だ。果たしてそれに気が付くか─────
「……腹蹴り一回。それを罰とする」
「そうか。了解した」
坊ちゃんがそう声を絞り出すように言った。それを聞いた俺は男に近づき、
「や、やめ─────」
「あばよ」
腹を遠くに蹴り飛ばした。
残ったのは胸から上の胴体と腰から下の下半身だけで、更に振りぬいた足には赤い血が大量に付着し、蹴飛ばした肉片は既に見えないところまで行ってしまっている。
そして肝心の男は既に意識が無く、天か地獄に向かって旅立っていた。もう少しすればミヤビ組の組員がここの掃除をしにくるだろう。
この光景に坊ちゃんは言葉を失っていた。
「な、なんで……殺せなんて一言も」
「腹を一回蹴れって言ったろ?だから俺はちゃんと腹を蹴った。腹だけを蹴った」
「そ、そんな……こんなこと─────」
すると坊ちゃんは突然口を押さえ─────吐いた。
「ヺエッ……」
それを俺はただただ汚いと思いながら坊ちゃんが落ち着くのを待つのだった。
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