第10話

 ミミが俺の正体にまるで信じられないとでも言いたげな表情を見せる中、


「……貴様を


 俺はワイズのその言葉で、奴の本当の正体について察することができた。もう今更なんだが。


「ワイズ……そうか、お前は」

「これ以上、問答はしない。貴様を殺し、任務を完遂する」


 彼は今まで抑えていたんだろう魔力を解放させた。その姿はさっきまで一緒だったワイズとはかけ離れていた。


「……ユウゴ」

「……済まないな、ミミ。黙ってて」


 俺は痛む背中の傷を我慢しながら立ち上がる。

 ……ああくそ、本当にムカついてくる。何が正解で、何が間違っているのか、分からなくなってきてしまった。


 だからなのか、俺の口から出てきたのは本心とは違う、別の言葉だった。


「シルフ」

『……何よ』

「ミミと逃げてくれ」

「─────え……?」


 本当だったら、ここから彼女たちと一緒に逃げたい。


 だけど俺の正体を知ったミミだっていずれ俺の事を裏切るんじゃないかって思ってしまう。シルフだって本当は奴らと繋がっていたんじゃないかって、無理があることだけどもうこの疑心暗鬼を止めることができない。

 全てが怪しく、俺に敵意を向けている─────そうとしか思えなくなってきている。

 もう少し心が強ければ、そんな事思わなかっただろうに。最も信頼していた仲間の二人は死に、一人に裏切られ。



 ─────信じていいものが何か、見失ってしまった。



 こうも、人の感情と言うのは簡単に崩れ去ってしまうのか。自分の事だが他人事のように驚いてしまう。いや、いっそ本当に他人事であればどれだけよかったか。

 きっと俺の心はあの時─────石を投げつけられたあの時から壊れたんだと思う。


 だからまだかすかに残っているこの気持ちをこれ以上壊れない為にも、壊さない為にも、


「……シルフ」

『……嫌よ』

「いいから逃げろ」

『でも』

「……お願いだ」


 俺がシルフに顔を向けてそう言った時、彼女の目に映る俺の顔はとても酷かった。仮面をつけていても滲み出る醜悪さが、そこにあった。

 それを感じ取ったのか知らないが、シルフはミミに顔を向けると、


『……行くわよ』

「え……でも」

『……もう、グラスワンダーはリーエルの死とワイズの裏切りで消え失せてしまったのよ』

「……っ!」

『……元気でね、ユウゴ』


 そう言ってシルフは俺から離れていく。そして何か言いたげな表情を見せていたミミも彼女の後ろを追うようにして俺から離れていった。


「おい!まち─────っ!?」

「……」


 そんな彼らを追おうとした冒険者を俺が白炎の魔術で牽制する。二人がいなくなって俺の心は少しずつ冷静さを取り戻していった。


 冷静になったからこそ、今の俺の心はもう戻れないことを悟る。


 と、そうして冒険者共と俺の間で睨み合いが続いていた時、奥からギルマスがやってきていた。

 彼女は溜息を吐くと、


「……君は優秀だったんだけどね。残念だよ」


 なんて、思ってもいないだろうことを堂々と吐いた。


「……そうかよ」

「疑ってるね?いやいや、本当に思っていたさ。そこのワイズに君の正体を言われるまでね」

「それでなんで俺が信じるとでも言うんだ?今更何を言うかと思えば……」

「……だろうね。私も、なんでこんなこと言ったんだろって思ってるよ。でも本音はこういう時に出るんじゃないかって同時に思うんだ。」

「自分が勝つと分かり切っている戦場でか?」

「ははっ、そんな訳ないじゃないか。こうして睨み合いになるまで一体君は何人の冒険者を殺したんだい?君を止めるために、一体これから何人もの優秀な冒険者を失わなきゃいけないんだろうね」


 確かにワイズに背を斬られてこうして距離を取るまで、襲い掛かって来ていた冒険者の殆どを俺がこの手で殺したのは事実だ。

 確かに、傍から見たら化け物だっただろうな。


「こうして対峙してみて、分かったよ。君のその実力はおおよそBランクなんかに収まるものじゃない。もっと上の─────最高ランクのSランクに届きうるものだ」

「……何が言いたい」

「本当に、竜眼だけでその強さに至った理由になるのかなって、純粋に思っただけさ」

 

 ……何でそんな事を今更聞くんだろうな。あぁ、そうか。教会の目があったからか。今も教会の目があるが、前と今じゃあ状況が違う。


「……ギルマス」

「ああ分かっているさワイズ。それじゃあ問答はこれくらいにして、皆─────奴を殺せ」

「……」


 来るか。今いる人数は相当なもんだ。

 そんな光景を眺めながら、俺は呑気にこう思った。



 ─────疲れたなぁ。



 ずっと仮面をつけて素顔を隠す生活にかなりの窮屈さを感じた。あの頃の、ロウやシルフ。それにグラスワンダーのみんなといた時みたいに、何も気にせずもっと世界を見てみたかった。

 もしここで素直に殺されればそれも叶うかな。



「いや」



 ─────叶うわけないか。ここで死んだとしても、果たしてこの願いを抱えたまま人として生を受けれるとは限らないし、俺は今、それを叶えたいんだ。



 ─────だったらやることは最初から決まっていたんだ。



 ─────ここで自分を抑えるのは止めよう。



「死ねぇ!」

「─────」


 振りぬかれた剣に骸骨の仮面をぶつけ盾代わりにして直撃を避ける。そして逆手に持った剣を襲ってきた冒険者の横っ腹に突き刺す。


「っ!?」

「……」

 

 剣を捩じって無理矢理振り切れば、そいつの胴から臓物がドバドバと出て絶望の表情を浮かべたことを最後に絶命した。

 骸骨の仮面にひびが少しだけ入ってしまったな。特に思い入れは無かったがそれでもちょっとだけ残念な気になる。


「それが……素顔なんだね」

「……ああ」


 そこで俺は仮面を思わず盾にしたこと、そして素顔が晒されていることに今更ながら気が付いた。

 彼らは俺の目を見て殺そうとしていた体を止めていた。それはワイズも同じでどこか気圧されている。


「竜眼……人の身で持つのは分不相応とされている眼」

「確かに分不相応だな。ようやく慣れてきたところだ」

「……本当に、汚らわしい」


 ワイズが吐き捨てるようにそう言う。教会の者からしたら確かにそうなんだろうが、本人の前で言う辺り性格が良い。

 こいつってこんなんだっけ?


 まぁいいか。


「だがそんなもの関係ない……数だ!数で押すんだ!」

「「「「お、おおおおお!!!」」」」


 自身の恐怖を鼓舞するように叫んだ冒険者が、ワイズが、襲い掛かってくる。連携もクソもない、ただの数の暴力。

 それに対し、俺は、



「─────起動オン



 ただ一言、そう言い放った。



*****



 その数刻後、気づいたらギルマスはこの場から消えていて、俺の周囲には死体だけが残っていたのだった。誰が誰の死体か見分けがつかないほど、俺の周囲は荒れに荒れていた。

 胸の中に深い虚無感だけが残る。


 これを成したのが自分なんだと、胸に刻もうとするもすぐに泡となってどこかに消えてしまった。


「……もう、これはいらないな」


 俺は手にしていた冒険者の証である冒険者カードをその辺に捨て、この場から立ち去ったのだった。



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