第7話
「君たちには是非とも、このクエストを受けて欲しい」
俺がグラスワンダーのメンバーになって半年が経った。時の流れと言うのは本当に残酷である。
それのせいか、俺は何に対しても動じることが少なくなった。
だが、今俺は……と言うか俺たちは目の前で起きている事態にまだついて行けていないでいた。
事はついさっきだ。一か月ほど滞在している街のギルドマスターに突然呼ばれたのだ。訳も分からず俺たちはギルドにある執務室に入り、
「さて」
と前置きを置いてさっきのようなことを言ってきた。これはつまり─────
「指名クエスト、ですか?」
「そうだ」
代表してリーエルがギルマスに確認すると、彼女はそう言って頷いた。この街のギルマスは珍しく女性で、更に若い。この歳でギルマスになるってことはどこか貴族のコネかそれとも相当な実力を持っていながら引退せざる負えない事情を抱えたかのどっちかだ。
人の好さそうな笑みを浮かべながら一枚の紙を取り出した彼女は、リーエルにそれを手渡した。
「仮にこのクエストを完遂できた暁には、君たち“グラスワンダー”をAランクパーティに昇格させてやる」
「「「「っ!?」」」」
牙をむき出しにして彼女はとんでもないことを言い出してきた。
Aランク認定を受けるには少なくとも一人以上のギルマスからの推薦が必要となり、今まで各地を転々とし様々なクエストを受けてきた俺たちにとって、まさに千載一遇のチャンスだった。
「どうだ?」
「そうですね─────」
*****
「本当に受けてよかったのかよ、リーダー」
「またとないチャンスよ。受けるしかないでしょう?」
「それもそうか」
俺たちは今町を出て森の中へと入り、野宿の準備を丁度終えたところだった。
焚火を囲むようにして座り、俺たちは一旦疲れを癒していた。俺の後ろではシルフとロウが静かに眠っている。
こうして見るとつい一年以上前まで石を投げつけられたことがまるで嘘のよう。少し気を抜けば奴らの恨みを忘れてしまいそうになる。それが何より恐ろしい。
その原因として、やはりグラスワンダーのみんながどこまでも優しいからだろう。
リーダーであるリーエルはもちろん、ワイズもミミも、俺と仲良く鳴ろうとしてくれている。それが何より嬉しい。
こんな仮面をつけた、明らかに不審者にしか見えない俺を。
特に─────
「ミミ……?なんでそんなに近づいて来るんだ?」
「……なんでもないよ?」
つい先日魔物に捕まり引き裂かれそうになっていたミミを何とか助けて以降ずっとこの調子なのだ。
彼女が一体何をしたいのか分からないが、それでも事あるごとにピトッと肌が触れるほどにまで近づいてくるのだ。
「……」
それを面白くなさそうに見てくる者がひとりいた。ワイズだ。彼は分かりやすいくらいにミミに好意を寄せている。だからこそ、今の俺に嫉妬している。
……俺だって本意じゃないってことを彼に伝えたい。切実に。
だから俺はミミとワイズを何とかして近づけようと勝手に画作している。これについてはリーエルの協力も得ている。盤石な体制の元、今日から実行していくつもりだ。
と、早速。
「ユウゴ、ちょっとこっちに来て頂戴」
「ああ」
手筈通り、リーエルに呼ばれたと言う体で俺はこの場を離れる。俺たちがギルマスから受けたクエストとはとある魔物の捕獲だった。
その魔物は満月の夜にしか出現しないため、皆長期戦になるだろうと予想していた。だが、これはチャンスだった。
俺が言っては意味ないのでリーエルからワイズに、今日ミミにアタックしてみてはどうだと言う節の話を既にしてもらっている。
「……あの二人は」
「……問題ない。リーエルからワイズにあれだけ言って貰ったんだ。動いてもらわないと困る」
「私は別に君とミミが結ばれてもいいんだがな」
「……俺が困るだろうが」
「ミミのこと嫌いなのか?」
「……いや、恋愛とかそう言うのに疎すぎるだけだ。興味ないと言い換えてもいい」
村ではずっと遊んで勉強してを繰り返してたしな。と、
『動きがあったわ』
『……』
ロウは既に寝たが、シルフが協力を申し出てくれた。今彼女には寝ているふりをしてもらいながら二人の監視を任せてある。俺たちではどう頑張ってもこの暗闇の中で二人を観察するのは難しいからな。
彼女の言葉は声で発するというよりは頭に直接言葉を届けていると言うのが正確であるため、こうして離れていてもしっかりと聞こえるのだ。
シルフの言ったことが果たして本当なのか確認してみると、彼女の宣言通りワイズが行動を起こしていた。
「「……」」
ワイズがミミにアプローチを仕掛けている。概ね今度食べに行こうとか誘ってるんだろうな。だが突然ワイズが焦りだす。
それでも何とかしようとしているワイズを固唾を飲んで見守っていると、
「……ごめんなさい」
と言うミミの言葉が耳に入ってきた。それを聞いてワイズはまるで萎んだ風船のように一瞬でさっきまでの元気が消え失せ虚し気に笑い、自分のテントに戻って行った。その背中にはどこか哀愁漂っていた。
「……」
「……そっかぁ、駄目だったかぁ」
俺は空を仰いで今起きた光景に何も言えなくなり、リーエルは分かりやすく落ち込んでいた。どんな状況でもメンバーの幸せを考えている辺り、彼女はしっかりとしたリーダーだろう。
「戻るか」
「そうね」
俺とリーエルは焚火のところまで戻る。そこには振ったことを気に病んでいるのか、分かりやすく落ち込んでいるミミが。
そしてやってきた俺たちを確認すると、
「……リーダー」
「どうしたんだい?」
……これは、俺がいてはいけないな。これは、新参者の俺の出番は必要ないものだ。
そう思い俺は静かにこの場を離れたのだった。
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