第3話

「はぁ、はぁ……」


 何とか森に逃げ込めたが、まだ追ってくるかもしれない。それに残った体力も心許ないな……。森の中はかなり危険とされていて、その理由の一つとして魔物が中を闊歩していると言うのがある。


 魔物は魔力が籠っている場所によく生まれ出る生き物で、種族によって凶暴性だったり知性だったり違ってくる。

 父さんが前に言っていたことを思い出すと、この森はウルフとオークの棲み処があったって言ってたはずだ。


「……何とか気付かれずに近くの町まで行けたら」


 村は駄目だ。きっとさっきみたいに俺を殺そうとしてくる。あの宣教師の仲間がそこに潜伏しているかもしれない。ここらは辺境にあったからか、宗教観とかはあまり習慣としてなかった。

 あのクズらの一言で村の住人はいとも簡単に奴らの良いように染まってしまう。良くも悪くも純粋なんだ、彼らは。

 ……そう信じていたかったけど、あの目を向けられて、きっと違うって分かってしまった。彼らはきっと望んで俺を殺そうとしていた。


「っ……」


 あの時ハルカに向けられた目が、未だに頭にこびりついて離れない。


「くそっ……!」


 絶対に、絶対に許さない……!必ず奴らを、そしてあのクソ宣教師を殺して─────


「グルゥ……?」

「っ!?」


 その時だった。俺の耳に唸り声が聞こえたのだ。慌てて声がした方を向くと、そこには二匹のウルフが。


「っ、しまった……!?」


 俺は自分の身を守るために左目に手を添えるが─────


『にん、げん……?なんでこんなところに』

「……しゃべった?」


 まさか魔物が喋るなんて思わなかった俺は思わず呆けてしまう。父さんからは、魔物は人間を見つけたその瞬間、すぐに全力で殺しにかかってくるから気を付けるように言われていたから、襲われないことにも驚きなのに、まさか喋るなんて。


『姉貴。こいつ、殺そう』

「っ!」

『……駄目よ。そんなことは絶対しちゃ駄目。ごめんなさい、驚かせてしまったわね、少年』

「……いや」


 声を掛けられ冷静になった俺は、左目に添えていた手をゆっくりと降ろす。そうすると一気に緊張が解けたからか体から力が抜けてしまった。


『あなたの目、とても珍しいわね。あ、忘れていたわ。私たちは魔物のウルフの姉弟。訳あって縄張りを追われてしまったの』

「……縄張りを?なんで」


 まるで今の俺見たいで少しだけ彼らに興味が湧いて来た。そう思いながら聞くと、


『ほら、今もだけど、喋ってるでしょ?喋る魔物って普通じゃないの。だから……』

「……そっか。俺と似てるな」

『あなたも?』

「……ほら、俺の目ってこんなのだし。顔に傷があるだろ?それで余計に」

『確かにあなたの目は─────』

「……っ」


 突然今まで黙っていた弟ウルフにそう言われ、体が硬直してしまう。竜眼……確かにあの時そう俺の目のことを言っていた奴がいた。


『ちょっと。……うちの弟がごめんなさい。彼、あまり人に配慮できないの』

『真実を言ったまでだろう?』

『言っていいことと悪いことがあるでしょう』

「いや、いいんだ。これのことについて知らなかったし。そっか、竜眼って言うんだ」


 竜の目と書いて竜眼、か。竜眼そのものを見たことが無いから本当にこれの通りになってるか分からないけど……そっか。竜も使う目と考えると、成程、確かにこれくらいできて当然か。

 今俺の左目が映しているのは通常の視界じゃなく、


 ─────黒紫色に光る、彼らの所持している魔力だ。


 俺がこれまで生きてきた中で人が見ている視界以外に見えるものがあった。それが魔力だと気づいたのは俺が怪我をして回復魔術をかけてもらった時。

 その時はっきりと黒紫色だったはずの魔力が色を変えて俺の怪我した箇所を治していたのだ。


「竜眼……うん、良い響きじゃないか」

『ふん、貴様、変わってるな』

「そうか?」

『竜眼と言ったら真っ先に思い浮かぶのはの持つ邪眼だからな』

「……邪眼?俺の持つ竜眼とはまた違うのか?」

『当たり前だろう。何てったって、って言うしな。もしかしたらお前のもそんな力を持っているかもしれないな』


 ……見たものを全て壊すなんて、とんでもな力じゃないか。俺のよりもずっと恐ろしい。だが俺の竜眼でそんなことできる訳がない。

 なんて思っていると、


『だが正直な話、俺たちにとっては頼もしいことこの上ない』

「どういうことだ?」

『なぁ人間、?』

「っ!?」


 弟ウルフが言ったまさかの言葉に俺と、


『えっ!?』


 姉ウルフが驚いた。俺が驚くのは分かるだろうがなんでお前も……?


『何を驚いている姉貴よ。こいつと敵対するより友好的に接した方がいいと言ったのは姉貴じゃないか』

『そ、それはそうだけど……だけど仲間になるまで親密になろうとは言ってないわよ?』

『こいつを仲間にしないと俺たちは生きていけないぞ?おい、名前はなんていう』

「あ、あぁ。ユウゴだ」


 俺は素直にそう言うと、嚙みしめるように『ユウゴ……成程、ユウゴ、な』と呟いた弟ウルフ。その直後だった。

 左目に映っていた魔力の流れが突然変わったのだ。正確には俺と弟ウルフの間に紫色の糸みたいなものが結びついたのだ。


「これは?」

『お、どうやら見えているようだな。これが今、俺とお前の間で主従契約が結ばれた証拠だ』

「主従契約!?」

『魔物と人間は主従契約により結ばれる。それくらい知っているだろう?』

「……知らない」

『なんだと……?』


 弟ウルフの説明によればこの主従契約、正確に言うのなら主従関係など殆どなく対等な関係の下初めて成り立つものなんだとか。それを聞いて無償にホッとした俺だが、どうしてもぬぐい切れない疑問が。


「どうしてこれを?」

『単純だ。これをしないと俺たちは町に入れない』

「成程」


 よく分からないけど何となくわかった気がして適当に頷くと、弟ウルフは胡散臭げに俺を睨んできた。

 だが彼の話が本当なら今これが成立したことで弟ウルフだけは町に入れるようになったわけだ。それを横で見ていた姉ウルフは、


『私もしたい!』

「え!?」


 そうして何故か俺はこの日、ウルフ二匹と主従契約を結んだのだった。



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