第2話

 ナイフが体に突き刺さり、それと同時に別の痛みが俺の体を蝕む。そして、それをやった人物─────父さんを俺は睨みつけた。


「父さん……どうして」

「こうするしかないんだ……お前を救う為には」

「俺を……救う……?」



「─────えぇ、その通りですよ、カインさん」

「っ!?」



 その時だった。父さんがいるところの奥から男─────つい最近この村に来た宣教師の声がした。

 ……こいつが。


「あなたは邪竜の呪いを患い、邪竜の子となってしまったのです。邪竜の子は代々この世に災いを起こすとされてきた、世界の敵。あなたがここで死ぬことで、あなたの家族も、この村の住人も─────この世界も。何もかもを救うことができる。あなたを救う為にも、あなたを殺す必要があるのです」

「ふざけるな……。お前が……お前のせいで……っ!!」

「恨むのなら邪竜ヴァルハラを恨んでください。私は、一切関係ありませんので」


 そう言って貼り付けたような笑みに苛立ちを覚える。明らかな嘘だと分かってしまうからだ。邪竜ヴァルハラ……?いたとして、果たしてそんな存在が俺なんかに呪いをかけるか……?

 あり得ない。そんなこと……絶対にあり得ない……!


 すると宣教師は足元に転がっていたナイフを拾い上げ、薄ら笑いを浮かべながら、言った。


「このナイフには毒を塗ってありましてね。即効性は無いのですがそれでもどんな毒耐性も貫通するのですよ。念のためと思い塗っておきましたが……どうやら必要なかったようだ」

「……」


 嘘臭さが際立っている。どうせ俺が苦しむさまを見て楽しんでるに違いない。現に今もニヤニヤと笑っている。

 ……思えばおかしかったところはいくつもあった。なんで村の奴らはつい最近まで親しかった……?

 なんで─────そうか。


「……そうだったのか」

「……ユウゴ?」

「お前も、お前らも、わざとらしい演技に簡単に騙されていた俺を陰であざ笑う─────クズだったのかよ」

「ユウゴ!」


 まんまと騙された。死にかけの体に怒りが湧きあがってくる。

 今更父親ずらするなよ、クソ親父が。いつの間にいない母さんも、親友だと思ってた奴らも優しくしてくれた近所の人たちも。

 みんなみんな。


 ─────最初から俺をこうして絶望に叩き落として笑う為にやってたのか。


 を言ってなくて正解だった。こんなことが出来ると言ってたら絶対にみんな怖がるだろうからと思って黙っていたことを。あの時の俺の判断は間違ってなどいなかったんだ。


 判断を見誤るな、俺。まだ奴らは動けていない俺に油断している。機会を待て。


 今ここでこいつらを纏めて─────


「……やっぱり、無理だ」

「はい?」

「……?」


 そしていざ行動を起こそうとしたその時、さっきから俯いていたクソ親父が何かつぶやいた。もう毒が全身に回り始めて来ていたが、なんとか聞き取れた次の言葉に俺は驚愕した。


「やっぱり─────俺には息子は殺せない……っ!」

「っ!?」

「なっ!?」

「ユウゴ!」


 そう叫んだ親父は一本の瓶を取り出して、俺に向かって投げつけてきた。何とか力を振り絞ってそれを手に取ると、


「飲め!」

「っ!?やめなさい!」


 宣教師クズが静止する間もなく、俺の体は素直に親父の言葉に従っていた。一気に飲み干した次の瞬間、俺の体を蝕んでいた毒の痛みが見る見る消えていったのだ。さっきまで重かった体が軽くなった。


 ……これは、解毒薬!?なんで親父が─────


「逃げろっ!今すぐに!もうこの村はお前の─────敵だ!」

「シンジさん……!何を勝手なことを……!あなたの奥様がどうなってもいいのですか!?」

「いいから逃げろ!早く!」

「ええい、鬱陶しい!離せ!」


 訳が分からず、棒立ちしている俺にそう叫んだ親父は俺に迫って来ていた宣教師を体を張って止めていた。


「と、父さん……!」

「俺のことはどうでもいい……!お前は、ただ生きる事だけを考えろ!……すまなかったな」

「邪魔です!」

「─────うっ!?」


 しかし父さんは宣教師の持っていたナイフに刺され一瞬体が崩れかけるも、それでも、


「ぁぁぁああああああ!!!」

「なっ!?」

「逃げろユウゴおおおおおお!!!」

「ッッッ」


 血反吐を吐きながら叫ぶ父さんに背を向けて、俺は走るしかなかった。視界は既によく分からないもので歪んでいて、はっきりと前が見えない。


 勢いよく小屋を出た俺はそのまま村の外に出る。


(……父さんっっ……ごめん……、それに、今までありがとう……!)


 後ろから響いてきた悲痛な絶叫を背に、俺は森の中へと逃げ込んだのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る